【文化祭編】頼りない白雪姫

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【文化祭編】頼りない白雪姫

(side雛乃)  長袖の制服にも慣れ、そろそろカーディガンが恋しくなる季節、窓の外はちらほらと紅葉も始まっている。  10月も下旬が過ぎ、来月の文化祭に向けて、校内ではあちこちでその準備が進められていた。  私のクラス、1組は、体育館で演劇を発表する予定になっている。演目は『白雪姫』。  放課後、大道具係や小道具係、衣装係の面々は、それぞれに集まり、ベニヤ板を切って木を作ったり、斧を作ったり、ドレスを縫ったりしている。  私は、リンゴに絵の具を塗る親友の安達蛍の隣で、 「『きゃあ!狩人さん、何を……』ええと『何するねん!私を殺すつもりなん?そんなことしないで……』あ、間違えた。『そんなことせえへんといて!』」 言い慣れないコテコテの関西弁で台詞の練習をしていた。  私が1年生の時のクラスでも出し物は劇だったのだが、その時は配役は立候補で決めていた。今回もてっきりそうだと思っていたら、クラス委員長の米田篤が、 「目立つ子や積極的な子が主要な役に就くんじゃ面白くないだろ。ここは平等に『完全くじ引き制』だ!」 と鶴の一声を発し、みんなでくじを引くことになってしまった。  そして、主役の白雪姫を引き当てたのが……。 「ううっ。台詞が難しすぎるよ~」 台本に目を通しながら泣き言を上げている、私、真殿雛乃なのだった。目立つ役に就きたいなどとはこれっぽっちも思っていなかった(むしろ小道具がいいと思っていた)ので、運がいいのか悪いのか分からない。 「『逃がしてくれはったら、二度とお城には帰らへん』」 「『お姫はん、それやったら早よ逃げや。内緒にしたるさかい』」  リンゴに色を塗る手を止めず、台本に視線だけ落として、蛍が合いの手を入れてくれる。なぜ私たちが関西弁を喋っているかと言うと、1組の劇の演目『白雪姫』は、関西弁のコメディ仕様になっているからだった。  この後、全体練習が控えている。もう少しさらさらと台詞を言えるようにならなければ、みんなに迷惑をかけてしまうと思い、私は若干焦っていた。すると、 「『鏡よ鏡。世界中で一番美しいのは誰?私って言わんと、いてこましたるで』」 後方から流暢な関西弁で物騒な台詞が聞こえて来た。白雪姫の継母役の荻野真理亜の声だ。 「『女王はんはここでは一番美しいけど、でもな、白雪姫の方が千倍めっちゃ綺麗やねん!』」  その問いに対して答えたのは荻野さんと仲のいい霜月咲良だった。霜月さんは器用に衣装を縫いながら、蛍と同じように台本を横目に見て、荻野さんの練習に付き合っているようだ。片手間な割には演技が巧い。  荻野さんは美人で明るく、霜月さんはふんわりとした可愛らしさがあり、ふたり揃っていると、そこはかとなく華やかな雰囲気がある。 「ふたりとも関西弁が板についてるじゃん」  その隣では、同じ女子グループのリーダー的存在である白井杏も、衣装を縫いながら彼女たちの練習を見ていた。私は、3人のいる方へちらりと視線を走らせ、 「荻野さんか霜月さんが白雪姫を演れば良かったのに」 とこぼした。 「ふたりとも可愛いから、私が演るより似合うと思うし、演技もずっと上手だと思う」  卑屈なことを言っていると、 「コラ」 蛍が私の頭をグーでこつんと叩いた。 「そんなこと言わない。せっかく主役に選ばれたんだから、頑張りなさいよ。小鳥遊君にも見に来てもらうんでしょう?情けないところ見せられないじゃない」  蛍に小鳥遊由希也の名前を出されて発破をかけられ、私は途端に、しゃん、と背筋を伸ばした。 「うん、そうだね。頑張る!」  その時、 「配役のある人、集まってくれ。通し稽古をするぞー!」 今回監督を任されている米田君がパンパンと手を叩く音がして、各自練習をしていたキャスト達が、教室の前方に集まり出した。私も立ち上がり、 「じゃあ、行ってくるね」 蛍に手を振り、みんなのところへと向かう。 (通し稽古とか大丈夫かな……。私まだ台詞全然覚えてないよ……)  不安な気持ちで台本を握り締めていると、 「真殿さん、台詞覚えた?」 王子役の一ノ瀬瑠夏が私の側に近寄って来て不意に耳元で囁いたので、私はびっくりして、 「ひゃっ」 と小さな悲鳴を上げてしまった。  一ノ瀬君はアイドルのような甘い顔立ちで、クラスの女子の人気者だ。女子のような名前で、みんなから「ルカ君」と呼ばれている。そんな彼から間近で声を掛けられると、何とも思っていなくても、思わずドキッとしてしまう。 「ま、まだ、全然」  動揺しながら首を振ると、 「俺もそう。なんだか心強いな」 一ノ瀬君は、長いまつげに彩られた瞳を細めて、にっこりと笑った。  その後、米田君の陣頭指揮により、劇の冒頭からひととおり1時間みっちりと練習が行われ、終わった頃には、私は精神疲労でくたくたになってしまった。なにせ、一番台詞をとちっていたのは私で、そのたび練習が止まってしまう為、散々みんなに迷惑をかけてしまったのだ。  自己嫌悪で打ちひしがれていると、 「ヒナ、お疲れ様」 小道具係も今日の仕事が終わったのか、蛍が近づいてきて肩を叩いた。 「今日はもう帰るでしょう?途中まで一緒に帰りましょ。なんなら、クレープでも食べに行きましょうか」  「疲れているから糖分が必要でしょ」と言って笑った蛍に、 「ごめんね、蛍。今日は約束があるの」 私は両手を合わせて拝む真似をした。すると、蛍はすぐに「ああ!」と納得した顔になり、 「小鳥遊君と約束があるのね。仲がいいこと」 ふふっと笑うと、私の脇を肘で小突いた。冷やかしの言葉に、思わず頬が熱くなる。 「う、うん。それなりに、仲はいいよ……」  ぎくしゃくと頷くと、 「行ってらっしゃい。彼氏によろしくね」 蛍は悪戯っぽい目をしてひらひらと手を振ると、先に教室を出て行った。
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