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その場で俺の推論をふたりに説明し、教室内を探索すると、地下室への扉を見つけることが出来た。鍵が閉まっていたので、安達が取りに行ってくれている間、俺は真殿とふたりきりになった。
突然ふたりきりになると何を話していいのか戸惑ってしまい、昼間のこともあって、なんだか緊張してしまう。
それは真殿も同じなのか、黙り込んだまま、指先をもてあそんでいる。
俺は沈黙に耐えられなくなって、見切り発車で話し出した。
「……真殿ってさ」
俺が名前を呼ぶと、
「ひゃ、ひゃいっ」
真殿は驚いたのか、変な声で返事をした。「ひゃい」って何だ。反応が面白くて、少し気が楽になり、
「花、好きなの?」
そう尋ねると、今度は、
「へっ?」
と間抜けな返事が返ってくる。
(面白い奴だな)
俺は、もう一度、
「花、好きなんじゃないの?いつも花壇の世話してるだろ」
と尋ねた。すると、真殿は少し落ち着いたのか、
「うん、好きだよ。園芸部に入ってるの。部員は私ひとりだけだけど」
と、頷いた。そして、不思議そうな顔をすると、
「どうして知ってるの?」
と首を傾げる。俺は、急に悪戯心が沸き起こって来て、こんなことを言ってみた。
「美術室から、裏庭が見えるんだ」
「えっ?そうなの?全然気づかなかっ……」
途中で言葉を止めると、真殿の顔がみるみる赤くなった。そして、
「ひゃっ」
と言って頬に手を当てると、
「~~~っ」
言葉を失って狼狽し始めた。反応が愉快だ。俺は思わず吹き出してしまった。
「真殿、歌うまいよな。いつも面白い歌、歌ってるから、聞いてて楽しかったよ」
笑いながら言うと、
「や、やめて~~~!!」
真殿は耳を押さえて、その場にしゃがみ込んでしまった。よっぽど恥ずかしいらしい。
俺は思わず声を上げて笑ってしまった。ダメだ、こんな反応をされると、もっといじめたくなってしまう。そんな俺の気持ちを察しでもしたのか、
「小鳥遊君って、意地悪だねっ」
真殿が上目遣いで俺を睨んだ。
「ごめんごめん」
軽く謝ると、真殿は拗ねたように、
「もう絶対に歌わない」
ときっぱりとした口調で言った。嘘だ。彼女の鼻歌は無意識なんだ。また歌うに違いない。
「本当に?そんなこと出来るの?」
また意地悪を言ってみた。
「出来る!」
真殿は断言したが、俺は絶対に無理だろうなと思っていた。すると彼女は上目遣いで俺を睨んだまま、
「た、小鳥遊君、いつから私を見てたの?ストーカーみたいだよっ」
と唇を尖らせた。まさかそう来るとは思わなかった。いつからなんて……そんなの、ずっと前からだ。
「……っ」
俺は赤くなって言葉を詰まらせた。ずっと見ていたなんて、言えるわけがない。真殿のまっすぐな視線に耐えられず、俺は横を向いた。すると真殿は、
「……ごめん」
小さな声で謝罪をした。
真殿が悪いわけではない。からかった俺が悪かったのだ。
「いや、俺の方こそ、からかってごめん」
彼女の反応が面白くて、少し調子に乗ってしまった。頭を下げて、顔を上げると、真殿と目が合った。彼女の顔は、もう怒ってはいない。
「おあいこだね」
「だな」
顔を見合わせて笑い合うと、
「お待たせ!鍵借りて来た」
安達が鍵を持って戻って来た。
安達が持ってきた鍵で地下室の扉を開けると、俺たちは中に入ってみた。
真殿と安達が物珍しそうにきょろきょろしている横で、俺はふと違和感を感じて床に膝をついた。目を凝らしてみると、足跡がある。よく見ると、ソファーにもそれほど埃は付いていないし、積み上げられた本にも誰かが触った形跡がある。
俺はしばらく考え込んだ後、原画を探し始めたふたりに向かって声を掛けた。
「たぶん、この部屋に原画はもうないよ」
「ええっ?」
「どうして?」
真殿と安達が驚いた声を上げる。
「先に誰かがここに入って探してる。床に足跡があるし、埃が舞った跡がある。物も動かした形跡があるし」
「そんなぁ……」
真殿が残念そうに肩を落とした。
「でも一体誰が?」
安達が首を傾げるのへ、
「それは……分からない」
と返す。
俺たちは地下室を出ると、鍵を返しに向かった安達と別れて、真殿と一緒に美術室へと戻った。
外はまだ明るいが、すぐに日が暮れてしまうだろう。
「早く帰った方がいいよ」
真殿にそう勧めると、彼女は素直に、
「うん」
と頷いた。安達も美術室へ戻って来たので、ふたり連れ立ち、
「ばいばい。小鳥遊君。また明日」
と言って教室を出て行った。
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