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その夜、俺が自宅のリビングでスケッチブックに絵を描いていると、
「ただいまー。あ~、疲れた~」
玄関から一番上の姉貴の声が聞こえて来た。
俺には姉がふたりいる。今年の春から社会人になった泉水姉と、大学受験生の花香姉だ。
泉水姉は疲れ切った表情でリビングに入ってくると、荷物をソファーに放り投げた。
「今日は早く帰れると思ったのに、急に会議入っちゃってさぁ。嫌んなっちゃう。由希也、お風呂湧いてる?」
「湧いてるけど……今、花香姉が入ってるよ」
「花香は長風呂だからなぁ。ちょっと急かしてくるわ」
泉水姉が、自分で自分の肩を揉みながらリビングを出て行く。
俺はスケッチブックを閉じてテーブルの上に置くと、腰を上げた。キッチンへ入り、コンロに火を点ける。今日の夕食は、俺の手製のロールキャベツだ。
小鳥遊家は、父、姉ふたり、俺の4人家族だ。母親は、物心ついた時には、もういなかった。
家事は当番制のはずだったが、姉たちは仕事に勉強にと忙しいので、必然的に俺がほとんど担う状況になっている。
父は――事情もあって、あまり家には帰って来ない。
大食漢の姉ふたりに、ロールキャベツだけでは物足りので、キノコのソテーも作り足そうと、冷凍していたキノコを取り出した。コンロにフライパンを掛けながら、
「ああ、どうせ泉水姉、今日もビール飲むんだろうな。なんか他につまみでも作っとくか。そういや、冷凍の枝豆あったっけ。ニンニクで炒めたら、それなりになるか。後でぬか漬けも切っておこう」
他の料理のレシピを頭の中で考える。長年、料理を嗜んでいると、それなりにパパッと作れるようになるものだ。
俺がフライパンにキノコを投入していると、
「はぁ~、さっぱりしたぁ!」
泉水姉と入れ替わるように、花香姉がタオルで髪を拭きながらリビングに入って来た。年頃の女子だというのに、上半身は裸で、下着だけを付けた状態だ。白くふくよかな胸元に水滴が付いて光っている様は妙に艶めかしくもあるが、俺にとっては普段から見慣れた姿だったので、特段慌てもせずに声を掛けた。
「花香姉。早く服着ないと風邪ひくよ」
「だって、湯上りで暑いんだもん」
花香姉は俺の忠告などどこ吹く風で、半裸のままソファーに座った。
そんな花香姉に呆れていると、
「由希也、シャンプー切れてるんだけど、ストックあるの?」
今度は泉水姉が全裸でリビングに顔を出した。スレンダーな体と豊満なバストが惜しげもなくさらされている。半裸よりよっぽど刺激的な格好だが、俺は気にも留めず料理を続けながら返事をした。
「シャンプーは洗濯機の上の戸棚の中だよ」
「了解」
シャンプーの場所を聞いた泉水姉は、ひらひらと手を振ると風呂場へと戻って行った。
俺は心の中で溜息をついた。この姉たちに、恥じらいという言葉はないのだろうか。一応俺だって、微妙なお年頃の青少年だ。
毎日こんな調子で姉たちの巨乳を目にしているものだから、俺はすっかり巨乳に対して免疫がついてしまった。もはや、巨乳のひとつやふたつ見たところで、何の感情も湧きはしない。
(杉本だと、この状況、泣いて喜ぶんだろうな……)
思わず、鼻の下の伸びた友人の顔を脳裏に思い描く。
「由希也、ごはん出来た?」
花香姉に名前を呼ばれて、俺はキッチンから顔をのぞかせた。
「もうすぐ出来るよ」
花香姉は、ようやく体が冷えたのか、パジャマ代わりのTシャツに腕を通している。ズボンは履かない派らしく、湯上りの花香姉は、いつもTシャツ一枚だ。
「わ~、今日も美味しそう!」
俺がテーブルに料理を並べ始めると、花香姉は近寄って来て歓声を上げた。
まもなく風呂から上がって来た泉水姉もやって来て、食事が始まった。
「そういえば今夜はお父さんは?」
花香姉がロールキャベツに箸を入れながら、さりげない口調で問いかけた。
「今日は他所に泊まるってメール来てた」
泉水姉が、口元には笑みを浮かべながらも、どこか冷めた様子で答える。
「ふうん、そう」
花香姉が短い言葉で頷き、ロールキャベツを一口大に切ると、口に入れた。そして、
「美味しい!」
と目を輝かせた。
「由希也、あんたの料理の腕、相変わらず最高ね!」
手を伸ばして、俺の頭を撫でる。そのしぐさに若干のわざとらしさを感じる。
「ちょっ、止めろって!子供じゃないんだし!」
花香姉の手を払いのけ、俺は身をのけぞらせた。
「出来た弟がいて、ほんとに助かるよ~。料理洗濯掃除は完璧。あんたいつでも嫁に行けるわ」
泉水姉がビールをぐびっと飲み、ぷはーっと息を吐くと、俺を手放しで褒めたが、どう逆立ちしたって、嫁には行けないだろう。
ふたりは時々、必要以上に俺を褒める時がある。こういう時、俺は、若干の寂しさと申し訳なさがないまぜになった複雑な気持ちになるのだ。
俺は美味しそうに料理を食べるふたりから視線を反らすと、お茶を入れるふりをして席を立った。
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