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偽りの肖像画
(side雛乃)
終礼で、五反田先生が、
「荻野が今日家に戻ったと親御さんから連絡があった」
と話した。
(昨夜言っていた通り、荻野さん、家に帰ったんだ)
私は嬉しくなって、思わず笑顔を浮かべた。複雑な家庭事情は変わらないだろうが、荻野さんの気持ちを、少しでもお母さんが分かってくれるといいのに、と願う。
放課後、早速そのことを小鳥遊君に報告しようと美術室へ行くと、めずらしく彼はいなかった。
「あれ?」
教室の中をのぞきこみ、首を傾げる。
イーゼルは出してあり、キャンバスも乗せてある。机の上に荷物もあるので、トイレかどこかに行っているだけかもしれない。
(待たせてもらおう)
私は美術室に入ると、キャンバスの前に向かった。
(あ……)
キャンバスの絵は、夏休みに描いてくれた私の肖像画だった。完成するまで見てはいけないと言われていたものだ。けれど、どうしても気になってしまった私は、キャンバスの前まで行くと、その絵に視線を向けた。
「…………」
キャンバスの中から、どこか大人びた表情の私がこちらを見つめていた。悩みの種のくせっ毛は抑え気味に描かれ、本当にこんな風な髪だったらいいのにと思ってしまう。この絵の私はとても美人に描かれていて、それ自体は嬉しく感じたのだが……。
「……これ、私じゃない」
私はぽつりとつぶやいた。
明らかに、体形が違っている。胸が小さく、ほっそりとした体つきは、まるで蛍のようだ。それだけで、別人のように見える。
「……どうして?」
私は、混乱して、その場に立ち尽くした。すると、
「小鳥遊はどう思ってるんだよ」
廊下から話し声が聞こえて来て、思わず身を固くしてしまった。朗らかな声音は、杉本君のものだ。
「どうって……別に」
それと一緒に小鳥遊君の落ち着いた声も聞こえてくる。
私はドキッとして、廊下の方向を振り向いた。見てはいけないと言われていた絵も見てしまったし、今、彼に見つかるのは、とても気まずいような気がする。声が聞こえてくる方向とは別の扉に向かい、私は息をひそめた。彼が教室に入ってくるのと同時に、反対側の扉から出て行こう。そうしたら、きっと見つからないはずだ。
タイミングを見計らっていると、
「そうだよな~。小鳥遊は真殿のこと、なんとも思ってないって言ってたもんな。なにせお前は貧乳フェチだからな!」
杉本君の大きな声が耳に飛び込んできた。
(え……?)
思わず、息が止まりそうになる。
(貧乳フェチって?)
一瞬呆然とした私は、
「そういうこと大声で言うなよ」
小鳥遊君の迷惑そうな声音で、我に返った。
「お前、早くクラブに行けよ。いつも俺のところで油売ってるけど、遅刻してないのか?」
「エースは多少遅れて行っても大丈夫なのさ」
「そんなエース迷惑極まりないな。体育会系なんて、統率が一番大事じゃないか」
ガラリと扉が開かれる音がしたので、私は急いで反対側の扉を開けると、廊下へと飛び出した。そのまま、後ろも振り返らずに走って行く。
混乱する頭の中で、「真殿のこと、なんとも思ってないって言ってたもんな」という杉本君の言葉が、ぐるぐると巡っていた。
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