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(side由希也)
真殿に絵を見られてから、廊下で彼女とすれ違っても、彼女は俺から目を反らすようになった。
「あ、真殿。おはよう」
挨拶をしても、
「……おはよう」
小さな声で返事はしてくれるが、こちらを向いてはくれない。
「…………」
もちろん、あれ以降、真殿は美術室にもやってこない。
俺は言いようのない寂しさを感じていた。
誤解を解かなければいけない。
そう強く思った。
けれど、同時に「何を?」とも思う。
俺が貧乳好きだから真殿のことを何とも思っていない、ということを彼女が誤解していると思うならば、それは自惚れというものではないか?
それだとまるで真殿が、俺に好意を持っているようではないか。
「何て言えばいいんだよ……」
俺が教室で頭を抱えていると、
「っはよ~、小鳥遊!」
能天気な声で杉本が声を掛けて来た。隣の席に腰を下ろし、俺の方へ顔を近づけてくると、
「俺、決めたんだ。日曜日に隣校のサッカー部と試合することになったんだけど、それに勝てたら、真殿に告白しようと思う」
と耳打ちした。
「えっ?」
思わず聞き返した俺に、
「なんか、願掛けっていうか。隣校って結構強いんだよな。そこに勝てたら、他のこともうまくいきそうな気がして」
杉本は八重歯を見せて笑う。
「…………」
俺は内心、焦る気持ちを感じた。真殿がもし杉本の告白にOKを出したらと思うと、居ても立ってもいられない気持ちになってくる。
「お前もうまくいくよう祈っててくれよな!」
ぽん、と肩を叩いた杉本に、俺はあいまいに頷くしかなかった。
その日、俺は美術室で、真殿の絵と対峙していた。
一度完成していた下絵は、大部分に修正が加えられていた。大人っぽく華奢な真殿は、ある意味、俺の理想ではあったが、
(たぶん、俺が本当に描きたかったのは、あの絵じゃなかったんだ。あの夜の真殿の言葉で気付いた)
モノクロの肖像画を前に、そう確信する。
(早く完成させないと……)
俺は、パレットの上に数色の絵の具を出すと、絵筆を握った。筆先で色を調整し、そっとキャンバスの上に乗せる。最初の一筆こそ緊張したが、一度色を乗せてしまえば、後は不思議なほどスムーズに手が動いた。
色素の薄い白い肌、茶色がかった瞳、ふわふわの髪。順番に、丁寧に色を塗っていく。
この絵が完成したら、真っ先に真殿に見せようと思いながら。
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