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金曜日の放課後。美術室の窓辺に椅子を寄せ、俺は窓の下を眺めていた。
裏庭の花壇には、夏の名残のように向日葵が一輪咲いている。
ここ数日、真殿は裏庭を訪れていなかった。けれど、花を大事にする彼女のことだ。いつまでも花壇を放っておくとは思えない。今日はきっと来るに違いない。
真殿に会ったら何と言おう。
まずは「ごめん」?
それから絵を見せて……「俺はもっと真殿と仲良くなりたい」と伝えるんだ。
頭の中でシミュレーションをしていると、渡り廊下から裏庭に入ってくる真殿の姿が目に入った。
俺は立ち上がると、イーゼルの上にあったキャンバスを手に取り、美術室を飛び出した。
急いで1階に下り、裏庭に向かう。
軽く息を切らせて裏庭に着くと、真殿はこれから花壇に水を撒こうとしていたのか、ホースを手に取って伸ばしているところだった。
「真殿」
俺は努めて冷静な声音で、彼女の名前を呼んだ。
ハッとしたように真殿がこちらを向き、俺の顔を見るなり目を反らす。その反応に、一瞬、心がくじけかけたが、
「真殿、話があるんだ」
俺は勇気を出して彼女の側まで近づいて行くと、そう声を掛けた。
「…………」
すると、真殿はホースから手を放し、そのまま歩き出して俺の横をすり抜け、無言のまま立ち去ろうとした。
「ちょっと待って」
慌てて腕を掴み、引き留める。自分でも予想以上に力が入ってしまった。俺が勢いよく引いたせいで、真殿は体勢を崩したらしい。
「きゃっ……」
よろめいた真殿を、俺は咄嗟に片手で抱き留めた。故意ではなく、腕が胸に当たった。
「ご、ごめん!」
慌てて謝ると、真殿は俺を突き飛ばし、跳び退った。剣のある眼差しで、俺を睨む。
「さ、触らないでよっ!男子って、女子の胸のこと、小さいとか大きいとか、そんなことばかり!小鳥遊君も他の男子と同じ、女の子のカラダのことばかり考えてるんでしょ!?」
大きな胸を隠すように腕を重ね、後ずさる。突然の非難に、俺は目を丸くした。
「ちょ、ちょっと待てって、真殿、急に何を……」
「最低だよっ!」
怒りで頬が赤くなった真殿は、そう言い捨てると、再び踵を返そうとした。
「待って!話を聞けって!」
俺は慌てて、もう一度真殿の腕を掴んだが、
「嫌っ!放してよっ!」
真殿は、思い切り俺の腕を振り払おうとした。このまま彼女が行ってしまっては、二度と誤解は解けないような気がして、俺は思わず、
「……っ!そうだよっ!俺も興味があるよ!でもそう思うのは、真殿だけだ!」
大きな声でそう叫んだ。
「えっ……?」
咄嗟に出た告白の言葉に、真殿が足を止め、茫然とした顔をして俺を振り向いた。
ここまで言ってしまったら、もう自棄だ。最初のシミュレーションなんて、とっくにどこかに吹っ飛んで行ってしまった。俺は勢いのまま、
「胸が小さくても大きくても関係ないんだ!真殿だったら何でもいい、俺は真殿だから……真殿の全部が気になるんだ!」
そう言い切ると、はあ、と肩で息を吐いた。
「どういう……」
意味、と彼女は続けたかったのだろう。彼女が言い切るよりも早く、
「見て」
俺は手にしていたキャンバスを差し出した。
恐る恐る手に取った真殿が、キャンバスの中の絵を見て、目を見開く。
「これ……私?」
「うん」
俺は短く頷いた。
真殿の目に、みるみる涙が浮かぶ。
「小鳥遊君の目に、私はこんな風に映ってるの?」
「そうだよ」
再度頷くと、真殿は俺の顔を見上げて、泣き笑いの表情を見せた。そして、
「嬉しい」
そうつぶやくと、絵の中の自分の顔を、そっと指でなぞった。
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