真実の肖像画

1/1
前へ
/62ページ
次へ

真実の肖像画

(side雛乃)  杉本君から告白をされたのは、突然のことだった。 「俺、真殿のこと、好きになっちゃったんだよね」  放課後、クラブ棟の裏に呼び出され、おもむろにそう告げられた時、私は驚きのあまり、これ以上ないぐらい目を丸くしてしまった。 「何で?」  思わずそう問い返すと、 「何でって……表情がくるくる変わるところとか、明るいところとか、可愛いなって思って」 杉本君は照れたように頬を掻いた。 「俺と付き合ってくださいっ!」  直角に頭を下げられ、困ってしまう。いくらお願いをされても、私の答えはひとつしかない。 「ごめんね。杉本君とは付き合えない」  私が断りの言葉と共に首を振ると、杉本君は顔を上げて悲しそうな顔をした。 「どうして……」 「他に好きな人がいるから」 「それって」  そう言いかけて、杉本君は言葉を切った。そして、 「そっかあ。それじゃあ、仕方ないなぁ」 と八重歯を見せて笑った。 「ごめんね」  再度謝ると、彼は「ううん」と首を振る。 「じゃあ、またな!」  どこか晴れ晴れとした顔で手を上げると、杉本君は軽い身のこなしで駆けて行った。これからクラブなのだろう。グラウンドから、サッカー部の点呼の声が聞こえてくる。遅刻にならないといいけど、と思いながら、私も踵を返した。  校舎に戻ると、階段を上がり、まっすぐに美術室へと向かう。  美術室の前に着き、扉を開けると、いつものように小鳥遊君がスケッチブックに絵を描いていた。私の姿を目にし、ふわりと微笑む。そして立ち上がると、自分の目の前に椅子を引いた。  私は教室に入ると、小鳥遊君の側まで歩み寄り、その椅子に腰を掛けた。 「何を描いていたの?」  問いかけると、スケッチブックをこちらに向けてくれる。そこには、笑顔の私の姿があった。 「うまく描けないんだ」  私から見ると、文句のつけようのない巧い絵だが、小鳥遊君には不満らしい。彼はぺらりと一枚画用紙をめくり、真っ白なページを自分の方に向けた。そして再び鉛筆を握り直す。 「モデルがいないとね」  小鳥遊君の悪戯っぽい笑顔に、ドキリとする。 「じっと座っててよ」  そう注文を受け、私は頷くと姿勢を正した。  視線だけ動かし、教室の隅に置かれたイーゼルを見やる。立てかけられたキャンバスには、ふわふわとした猫っ毛の女の子の絵が描かれていた。  真っ青な空をバックに満面の笑顔を浮かべたその女の子は、ふくよかな胸の中に、大輪の向日葵の花束を抱えている。向日葵は金色に輝いていて、目にも鮮やかだ。女の子には透明感があり、周囲は様々な色彩の光で溢れていて、幸福を描くとこういう絵になるのではないかと思った。 「とってもキラキラしてる」  私は絵に視線を向けながら、つぶやいた。  小鳥遊君が顔を上げ、私の目線を追うようにキャンバスを振り返った。そして照れ臭そうに頬を染めると、 「ありがとう」 そう言って、絵の中の女の子と同じように、明るい笑顔を浮かべた。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

120人が本棚に入れています
本棚に追加