後日談 君といつまでも

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後日談 君といつまでも

(side由希也) 「今年もついにプール最終日か……俺のヘブン、そしてエンジェル、夏の世界から去らないでおくれ……」  体育の水泳の授業で、座ってプールに足を浸けていた杉本が、向かい側で泳いでいる女子を見ながら、つらそうな表情でそう言った。 「…………」  俺はいつもの調子の杉本に、呆れた視線を向ける。 「オーバーな奴……」 「だって小鳥遊!もう、堂々と女子の胸を見る機会がなくなってしまうんだぜ!?」 「そうだけど」 「4月のクラス替えで一緒になった荻野とか、真殿程大きくはないけど、巨乳じゃん!?あいつの胸が、体育の時間の俺の唯一の癒しだった……」 「お前、馬鹿だと思ってたけど、やっぱり馬鹿だったんだな」  俺にとっては、荻野が巨乳かどうかなんて、心底どうでもいい。 「そして俺は、怒ってもいる」  杉本は胸を張ると、頬を膨らませた。  突然だな。一体何に怒っているんだ? 「なぜ、中学の指定水着は、スクール水着なんだ」 「そんなの当たり前だろ。スクールで泳ぐんだから」  至極まっとうな答えを返したら、杉本は人差し指を左右に動かし「チッチッチ」と舌打ちした。 「全員ビキニ着用にするべきだと、俺は思う」 「はぁ~~~?」 「俺は谷間が見たいんだ」  ドストレートな欲望を恥ずかしげもなく口にする杉本に、もはや突っ込む気力も出てこない。 「それが真殿の谷間なら最高だ」  そう言って、俺の顔を見やり、にやりと笑う。 「お前らが付き合い始めて、そろそろ1年だろ。夏休みに海とか行ったのか?」 「……海は行っていないけど、プールには行った」 「何だそれ!超、羨ましいんだけど!」  杉本は頬を膨らませて、肘で俺の脇腹を突く。 「真殿どんな水着着てた?」  興味津々で問われ、俺は答えるのを一瞬躊躇した。けれど、どこかで、真殿の可愛さを自慢したかったのかもしれない。 「上はフリルの付いたビキニで、下はスカート風の水着を着てたけど」 「めちゃくちゃ可愛いじゃねーか!俺は別に羨ましくなんか……ないぞ!」  杉本が言葉とは裏腹に、心底羨ましそうに足をばたつかせ、プールの水を弾き飛ばした。  俺は心の中でささやかな優越感を感じた。  ――実は俺の水着のフェチ的好みは、何を隠そうスクール水着だ。あの無駄な機能をそぎ落としたスレンダーな水着が、胸の小さな華奢な女の子の体形を一番際立たせると思うからだ。  でも――。 (真殿は別だ。真殿だったら、どんな体形でも何を着てても好きだ)  そう考えて、我ながら照れてしまった。 「じゃあさ、今度はさ、普段着だったら、どんなのが好きなんだ?」  もうこれでこの話題は終了かと思ったら、杉本の興味津々の問い掛けは、まだ続くらしい。 「普段着?」  怪訝な気持ちで、眉根を寄せる。咄嗟に思い浮かんだのが、 「スキニーデニムにパーカーかな……。パーカーはメンズサイズぐらいの、大きめがいい」 というファッションだったので、つい口に出して答えると、 「その心は?」 「華奢な子が大きな服を着ると、華奢さが際立つから」 「なんだ、貧乳女子の話かよ……真殿の話だって」  杉本が肩をすくめて、呆れたように言う。そちらから聞いておいて、なんだその反応は。  俺がむっとしていると、 「やっぱり、真殿のような巨乳は、ばーんと胸が目立つ服を着たほうが可愛いって!コンパクトでシンプルなTシャツに、スカートとかさ」 「…………」   俺は、真殿が杉本が提案した服を着ている場面を想像してみた。――悔しいが、似合うかもしれない。  思わず無言になった時、校舎の方からチャイムの音が聞こえて来た。どうやら授業はこれで終わりのようだ。  俺と杉本はプールから出て立ち上がると、連れ立って更衣室へと向かった。 「シャツもいいよな。はち切れんばかりのボタンの隙間から見えるブラとか興奮でしかないね!後は、チャイナドレスとかもいいよな~。後は、ぴっちぴちのライダースーツとか!」  真殿に何を着て欲しいか、まだ妄想を続けている杉本に、俺は肘鉄をお見舞いした。 「いてっ!何するんだよ、小鳥遊!」  抗議の声を上げた杉本を、スルーする。  真殿は俺の彼女なんだ。勝手にあれこれ想像するのは許さない。  その週の週末、俺は真殿と駅で待ち合わせをしていた。  今日は、真殿の兄の出版社が主催する企画展『平成を彩った漫画家たち』を、大阪の百貨店まで見に行く約束をしている。  安達も誘ったのだが、塾があるからと断られてしまった。もしかすると、俺たちに気を遣ってくれたのかもしれない。  少し早く着いた俺が改札前で真殿を待っていると、 「遅れてごめんなさい」 真殿が小走りにやって来て、開口一番に謝罪した。  けれど、俺はそんなことどうでもよくなるぐらい、吃驚してしまった。  薄く……本当に薄くだけど、真殿が化粧をしている。色付きリップで赤みを足された唇に目が離せない。それに――。  杉本の予言が当たったのかもしれない。真殿は、シンプルなロゴTシャツに、鮮やかなピンク色のフレアースカートを合わせていた。足もとは白のスニーカー。カジュアルさと可愛らしさの中に、そこはかとなく色気も漂っていて、 (Tシャツって、意外と胸が強調されるんだな……) 思わず動揺してしまう。きっと俺の顔は今、赤くなっているに違いない。  固まっている俺に、真殿は小首を傾げている。そして、 「暑いから、Tシャツにしたんだけど……私の格好……変、かな……?」 悲しそうに目を伏せたので、俺は思い切り首を振った。 「可愛い!すごく可愛い!」 「!!」  真殿は今度はパッと顔を上げて、目を見開いた。みるみる頬に血が上っていく。 「あ、ありがとう」  小さな声で、照れ臭そうに礼を言う。俺も照れ臭くなって、 「う、うん」 ぎくしゃくと頷くと、勇気を出してそっと真殿の手を取った。その瞬間、真殿がびくっと体を震わせたのが分かった。けれど振り払いはしない。逆にぎゅっと握り返されたことに安心し、俺は真殿を見下ろすと、 「そろそろ行こうか」 と言った。 「うん」  ふたりで顔を見合わせ、微笑みあう。 「券買わなきゃ」 「券売機はあっちだよ」  手をつないだまま、連れ立って券売機へ向かう。  真殿と一緒に、こうしていつまでも、仲良く寄り添って歩いて行きたい。  俺は心の底からそう願った。  
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