後日談 君といつまでも

2/2
前へ
/62ページ
次へ
(side雛乃) 「どうしよう、服が決まらない~~~っ!」  私はもうかれこれ一時間も、姿見の前で、ああでもないこうでもないと、とっかえひっかえ服をあてがっては、頭を悩ませている。  今日は、小鳥遊君と『平成を彩った漫画家たち』という企画展を見に行く約束をしている。つまり、デートの日、なのだ! 「このワンピースはこないだプールに行った時に着たやつだし、こっちのスカートはその前に遊園地に行った時に着たやつだし……」  せっかくのデートなのだから、できれば同じ服は着たくない、という乙女心が働いて、一向に服が決まらない。それほど数が多いとはいえない私のワードローブのすべてが、今、ベッドの上に並べられていた。 「こんなことなら、昨日、何を着たらいいか蛍に相談しておくんだったぁ~……」  そう考えて、私は夏休みに、初めて小鳥遊君とプールに行くことになった日のことを思い出した。  今年の夏休みは、私は花壇の世話、小鳥遊君は美術部の活動で、お互い学校に行く機会が多かった(というか、お互いに会いたいがために、クラブにかこつけて、登校していたというのが正直なところだ)。 「そういえばさ……真殿は、ご家族と夏休みにどこかに遊びに行った?」  その日、美術室を訪れていた私をモデルに、小鳥遊君が絵を描きながら、さりげない様子でそう尋ねた。 「今年はまだどこにも行っていないんだ。お父さん、今年の夏は仕事が忙しくて、あんまりお休みが取れないんだって。秋になったら代休が貰えるって言ってたけど……。海とか、行きたかったなぁ。秋だともう泳げないもん」  私が残念そうに肩を落としたら、小鳥遊君が、 「海は……ちょっと遠いから無理だけど、プールぐらいなら……もしよかったら、一緒に行かない?真殿が気が向けば、でいいんだけど……」 少し照れ臭そうに誘ってくれた。  私は、 「プール!?行きたい!」 目を輝かせ、反射的に頷いていた。学校の水泳の授業は大嫌いだが、小鳥遊君と行くプールは、きっと絶対に楽しいに違いない。  私の即答を聞いて、 「良かった」 小鳥遊君はほっとしたように微笑んだ。もしかすると、私が断るかもと、緊張していたのかもしれない。 「やったぁ~!小鳥遊君とプール、とっても楽しみ!」  その時はそう言って無邪気にはしゃいでいたのだが、約束の日が近づくにつれ、私は焦り出した。 (み、水着が……着ていく水着が、ないっ)  家族と海に行く時はスクール水着で一向に構わないものの、さすがに好きな人とプールへ行く時にスクール水着なんて悲しすぎる。母に泣きついたら、新しいものを買ってもいいという許可を得たので、蛍に付き合ってもらって、ショッピングセンターに買いに行くことになった。  ショッピングセンターでは、 「ヒナ、これどう?ボーダー柄のビキニ!マリンって感じで可愛いわよ。こっちの水玉のビキニもフリルが可愛いわね。両方、試着してみなさいよ」 自分の水着を買うわけではないのに、蛍がとても楽しそうに選んでくれ、私は蛍に勧められるがまま、あれこれと試着をしてみることになった。 「蛍、これ、胸が強調され過ぎじゃないかな……?」  私が試着室からおそるおそる出来てきて蛍に水着を見せると、蛍は目を丸くし、口元を押さえて、 「あらまあ、ダイタン」 と言った。 「大胆って、蛍が選んだんじゃない!」  ボーダーのビキニはカップが浅くて谷間が強調される上、ボーダーのラインが肉感を拾ってしまい、スポーティーなデザインのはずなのに、私が着るとやけに色っぽくなってしまう。 「似合ってるわよ。それなら小鳥遊君を悩殺できそう」 「の、悩殺って……」  恥ずかしさで真っ赤になっている私を見て、蛍は面白そうに笑っている。 「これは却下!」  私はカーテンを引いて試着室の中に戻ると、次の水着に着替えてみた。 「…………」 (こっちは結構可愛いかも……)  鏡の前で胸元を整えていると、 「ヒナ、どう?」 試着室の外から蛍が呼ぶ声がした。私がカーテンを開けて姿を現すと、 「あら、いいじゃない!」 水玉のビキニを着た私を見て、蛍が笑顔で手を叩いた。 「可愛いわよ」  今度の水着はカップが深くて安定感があり、フリルが胸元をカバーしてくれている。しかも、スカートタイプのデザインなので、お尻も目立たないといいことずくめだ。  鏡の前で、何度か回って見た後、 「これにする」 と私は決めた。 「いいと思うわ」 「蛍、一緒に選んでくれてありがとう」  私がお礼を言うと、蛍はふっと優しい笑みを浮かべて、 「どういたしまして。それにしても、ねえ、ヒナ。ヒナは前ほど胸のこと、気にしなくなったわよね」 と言った。 「そう……かな?」 「うん。だって前だったら、絶対ビキニなんて選ばなかったでしょう?」  蛍にそう問われ、考え込む。確かに、前の私だったら選ばなかったかもしれない。  もし私が変わったのだとしたら、きっとそれは小鳥遊君のおかげだ。 (胸が大きくても関係ない、私自身を見て、好きになってくれたから)  そんな彼だから、私はやっぱり大好きなのだ。  水着を選んだ日のことを思い出し、私は鏡の前で赤くなった。 「いけない、いけない!今は、今日の服を選ばなくちゃ!」  慌てて頭を振り、再度ベッドの上に並べられたワードローブに目を向ける。すると、ふと、こないだ新しく買ってもらったばかりのTシャツが目に留まった。 「これ、まだ着たことなかったな……そういえば、こないだテレビでモデルさんが、こんなTシャツにフレアスカートを合わせてた気がする」  ピンと来て、ピンクのフレアスカートを手に取ると、試しにTシャツと組み合わせてみた。 「可愛いかも!それに今日は暑いし、Tシャツだとちょうどいいよね」  コーディネートが決まり、服に袖を通したところで、今度はコスメボックスの中から、おしろいと色付きのリップクリームを取り出した。これは先日、誕生日プレゼントに兄が贈ってくれたものだ。 (お化粧なんて初めてだけど……)  頬にぽんぽんとおしろいを乗せ、唇に薄くリップを塗る。少し余所行き顔になった私が完成した頃には、もう家を出なければならない時間になっていた。 「わわっ、遅刻しちゃう……!」  慌ててポシェットを掴み、玄関へと駆け下りる。慌ただしくしている私に、 「お財布持った?チケットは大丈夫?」 と声を掛けて来た母親に、 「持った!行って来まーす!」 と返事をして、私は玄関を飛び出した。  駅に着くと、もう待ち合わせの場所に小鳥遊君は来ていて、私は慌てて走り寄ると、 「遅れてごめんなさい」 と頭を下げた。 (ああ、デートに遅刻なんて、彼女失格だよね……)  彼は怒っているかもしれない、そう思って顔を上げると、小鳥遊君は私を見て固まっていた。 (怒ってるわけでは……ない?)  でも、なんだか様子がおかしい。もしかして、私、どこか変なところでもあっただろうか。 (あっ、やっぱりTシャツにスカートは合わなかった?それとも、お化粧がおかしいのかも……)  急に不安になって、 「暑いから、Tシャツにしたんだけど……私の格好……変、かな……?」 小さな声でそう問いかけると、小鳥遊君はハッとしたように表情を変え、勢いよく首を振ると、 「可愛い!すごく可愛い!」 手放しで褒めてくれた。  「!!」  その言葉を聞いて、私の頬に血が上る。 「あ、ありがとう」  照れくさくなって俯きながらお礼を言うと、彼も照れ臭くなったのか、 「う、うん」 と顔を伏せた。  彼と交際を始めてからもうすぐ1年が経つが、ときめく気持ちはいつも新鮮で、今も、何を言ったらいいのかすぐに言葉が出てこないほど、ドキドキしている。  すると、小鳥遊君が私の手を取った。彼の熱い掌に触れて、ますます胸が高鳴る。私は自分の熱を伝えるように、その手をぎゅっと握り返した。 「そろそろ行こうか」  頭上から、小鳥遊君の優しい声が降って来る。 「うん」  私は顔を上げると、彼の目を見て微笑んだ。 「券買わなきゃ」 「券売機はあっちだよ」  手をつないだまま、ふたり連れ立って券売機へ向かう。  こんなふうに手を繋いで、小鳥遊君と一緒に……いつまでも一緒に、歩いて行きたいです。  私は隣を歩く彼の顔を見つめながら、心の中でそう誓った。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

120人が本棚に入れています
本棚に追加