【文化祭編】姫と王子

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【文化祭編】姫と王子

(side雛乃)  今年の文化の日(文化祭開催日)は月曜日にあたっている。文化祭の準備をするにあたり、前日、前々日が休日だというのはありがたい。そのせいもあって、今日は土曜日だというのに、登校している生徒は多く、学校内は活気に溢れていた。 「『わあっ、木に躓いてしもた。王子様、かんにん』」  王子の家来役の的場君が、前のめりの姿勢を取り、何かを落としたしぐさをして、王子役の一ノ瀬君を振り返った。 「『白雪姫は無事やろか。――なんということや、姫が目を覚ましたはる!』」  私は半身を起こすと、 「『あんた、誰なん?』」 と尋ねる。一ノ瀬君は、私の横に跪き手を取った。 「『俺は、この国の王子やで。あんたに一目ぼれしてしもて、棺を譲り受けたんや。結婚してくれへんやろか』」 「『こんな格好いい人がプロポーズしてくれるなんて』……」  そう答えかけて、私は「あっ」と口を押えた。台詞を間違えてしまった気がする。 「『こんなイケメンがプロポーズしてくれるやなんて、めっちゃ嬉しいわ!』だろ!真殿~っ!しっかりしてくれ」  米田君が頭を抱えた。他のキャストのみんなも「あ~あ、また……」という表情で溜息をついている。 「ご、ごめんなさいっ」  私はみんなに向かって頭を下げた。さっきから何度も台詞を忘れたり間違えたりしているせいで、練習が一向に進まないのだ。 「ちょっとクールダウンしよう!1時間休憩!真殿はその間に、台詞完璧にしておけよ」  米田君に釘を刺され、私は首をすくめた。 「疲れたー!」 「私、ジュース買って来ようっと」  キャストのみんなは三々五々散っていく。 「真殿さん、またみんなに迷惑かけてる。あんな調子じゃ、ルカ君も困るよね」 「ちょっと、杏、そんなこと言わないの」  教室の後方から、そんな声が聞こえてきて、私は、ひゃっと首をすくめた。そちらに目を向けると、私を睨む白井さんを、霜月さんが窘めている。  私(白雪姫)の相手役が一ノ瀬君なので、どうやら私は一部の女子に反感を買っているようだ。  台詞がうまく言えなかった上、悪意を向けられているという二重のショックで、思わずしょんぼりと肩を落とした私に、蛍が近づいてくると、 「ドンマイ」 と背中を叩いた。 「どうしよう、蛍~っ!もう本番明後日だよ!」  蛍に泣きついたら、蛍は私を抱き返し、  「う~ん、とりあえず頑張れ」 苦笑しながらよしよしと頭を撫でてくれた。 「あ、そうだ、ヒナ。私、ちょっとかるた部の様子を見に行きたいの。もし誰かに呼ばれたら、そう言っておいてくれる?」  蛍は私の体から手を放すと、思い出したようにそう言った。  蛍はかるた部に在籍しているのだが、文化祭ではクラブの出し物として「源平合戦100人抜き」を披露する予定らしい。  実は蛍は、毎年正月明けにこの学校で行われる、クラス対抗かるた大会のクイーンなのだ。今年の1月は、3年生をぶっちぎって見事な優勝を勝ち取っていた。  ちなみに、私も百人一首かるたは、お正月に家族と遊ぶこともあって、それなりに自信がある。クラス予選では代表をかけて蛍と戦ったのだが、しかし残念ながら負けてしまった。蛍は本当に強いと思う。  この企画の話を聞いた時、 「100人抜きって、そんなにたくさん誰と戦うの?」 と尋ねたら、希望すれば誰でも参加できると言っていた。 「100人なんて言ってるけど、絶対100人も来ないわよ。良くて10人ぐらいじゃない?」 蛍はそう言って笑っていたが、 (時間があれば、私も参加してみようかな) 私はこっそりとそんな風に考えていた。もう一度蛍と戦って、勝って、ぎゃふんと言わせてみたい気もする。 「じゃあ、行ってくるわね」  蛍は私に手を振ると、軽やかな足取りで教室を出て行った、その後姿を見送っていると、 「真殿さん」 すぐ耳元で声を掛けられ、 「うひゃっ」 私は吃驚して変な声を上げてしまった。慌てて横を見ると、一ノ瀬君がにこにこと私の顔を見つめていた。 「安達さん、クラブの方へ行ったの?」 「うん」  胸の前に手を置き、驚きでドクドクと脈打つ心臓を鎮めようとしていると、 「あ、もしかして、驚かせちゃった?」 その様子に気づいた一ノ瀬君が目を瞬いた。 「うん。だって一ノ瀬君、近くから急に声をかけるんだもの」 「あはは。俺、距離が近いってよく言われる」 (自覚はあるんだ……)  明るい声で笑っている一ノ瀬君に、呆れた視線を向ける。すると一ノ瀬君は人懐こい表情のまま、 「真殿さん、さっきの劇の練習、苦戦してたね」 と言った。私は途端に暗い気持ちになり、 「うん、ごめんね、一ノ瀬君にも迷惑をかけて……。関西弁の台詞が難しくて、なかなか覚えられないの」 そう漏らすと、彼は内緒話をするように再び顔を近づけ、 「じゃあさ」 と耳元で囁いた。 「今日と明日、俺と特訓しない?」 「えっ?」 「俺も台詞若干怪しいし、真殿さんが練習に付き合ってくれると嬉しい」 「ホント?」 (それは助かる……かも!)  私がパッと顔を輝かせると、 「うんうん。一緒に練習しよっ」 一ノ瀬君は私の手を握り、上下にぶんぶんと振った。そして、ひとしきり手を振った後、 「それに……俺も、真殿さんに教えて欲しいこと、あるんだよね……」 ふっと目を細めて思わせぶりに私の瞳を見つめた。 (何だろう?) 「私に教えることが出来ることがあるのなら、いくらでも教えるけど……」  小首を傾げてそう言うと、一ノ瀬君は笑顔を浮かべたまま、 「約束だよ」 と小指を差し出した。 「うん」  その小指に自分の小指を絡めようとした時、 「真殿さん!」 衣装係の白井さんに声を掛けられた。 「ちょっとこっちへ来てくれない?衣装のサイズ合ってるか見て欲しいの」 「あ!うん、分かった!――じゃあ、一ノ瀬君」 「うん。白井さんの用事が終わったら、練習しよ。また後でね」  小さく手を振る一ノ瀬君に手を振り返し、私は若干びくびくしながら衣装係の子たちが集まる場所へと駆け寄った。
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