【文化祭編】姫と王子

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(side由希也) 「小鳥遊!ちょっとそっち押さえといてくれよ!」 「分かった」  俺は今、クラスの男子連中と一緒に、廊下で教室の窓に黒い布を張っている。2組の出し物はお化け屋敷で、教室を真っ暗にする必要があるからだ。  隣の1組からは、大道具を作る金槌の音や、はっきりとは聞こえないながらも台詞を読む声が聞こえて来て、 (真殿も頑張ってるのかな……) 脚立の上で、何気なく耳を澄ませていると、 「小鳥遊君、そこに養生テープ貼ってくれる?」 クラスの女子、君永琴絵に声を掛けられた。 「うん、分かった」  差し出されたテープで黒い布を窓に貼り付ける。 「こう?」 「うん、いい感じ。――あっ、笹木君、そこ、たわんでる。もっとピンと張って!」  クラス委員長の君永はしっかり者で、うちのクラスの準備を仕切ってくれている。  テキパキとした彼女の指示で、着々と暗幕が張られていく。すると、教室の扉が開いて、 「じゃーん!墓場の幽霊登場~!」 白い着物に三角巾を付けた杉本峻が顔を出した。幽霊と言いつつも、ただ白い着物を着ているだけなので、 「あんまり幽霊っぽくないな」 脚立の上に腰を下ろしながら、そう感想を述べると、 「当日はこの着物に血しぶき付けるんだよ。顔に血糊も付けて、もっとおどろおどろしくするんだぜ」 杉本はチッチッチと指を揺らした。 「女子いっぱい見に来るといいな~。俺、全力で、きゃあきゃあ言わせてやる。あわよくば胸を……」 「…………」  俺が目をすがめているのに気づいたらしい。杉本は、「んー、ごほんごほん」とわざとらしく咳ばらいをすると、 「触ろうなんて思ってないからな!」 と断った。 (……絶対嘘だ)  俺がますます目を細くして杉本を見つめていると、杉本はその視線をスルーし、急に思いついたように「ぽん」と手を打った。 「そうだ。当日はお前も真殿を連れて来いよ。暗闇で真殿に抱き付いてもらうチャンスだぞ。俺、協力するからさ。無茶苦茶、真殿を脅かしてやる」  そう言って八重歯を見せて笑った杉本は、9月に真殿に告白をして振られて以来(俺のせいだ)、全く根に持ってはいないようで、むしろ俺の応援に回ってくれている。こういうところは、本当にいい奴だと思う。 「……時間が合えばな」  俺は杉本の提案に対して、ぶっきらぼうに答えた。 「おう!」  杉本はそんな俺をおかしそうに見ながら、相変わらず笑っている。俺が照れ臭がっているのが分かるのかもしれない。  杉本の視線から逃れるように顔を背けると、不意に、1組の教室から出てくる真殿の姿が目に入った。彼女はなぜか男子に手を引かれている。 (一ノ瀬?)  真殿の手を引いているのは一ノ瀬だった。ふたりはすぐに手を離したが、何か耳元で話をした後、仲の良さそうな様子で連れ立ち、廊下を歩いて行ってしまった。 (……今のは何だ?)  なんだか胸の内がもやもやする。  気になって、一瞬、後を追いかけようかとも思ったが、 「小鳥遊君、教室の中、まだ光が入ってくるから、暗幕調整してくれない?」 君永に声を掛けられ、思いとどまった。 「うん、分かった」  俺は君永から養生テープを受け取ると、再び脚立の上に立ち上がった。  その日は結局、俺も真殿もお互いにクラスの準備が忙しくて、顔を合わせた時に軽く挨拶をした程度で、話をすることはなかった。  本当は、一ノ瀬とどこへ行っていたのか聞きたかったのだが……。 (ああ、くそっ……)  相変わらず、もやもやした気持ちを抱えながら学校を出ると、家路につく。  1組の教室の前を通った時、まだ劇の練習をしている様子だった。暮れなずんできた空を見上げながら、 (真殿が帰る頃には、暗くなっているんじゃないのかな) と思った。真殿は夜道で痴漢に合うことが多いらしい。俄かに心配になって来て、 (やっぱり、待っていれば良かったな) と後悔する。 (きっと安達が一緒に帰ってくれるよな)  そう考えて、不意に、真殿と一ノ瀬が一緒に帰っている姿が脳裏に浮かんだ。 (そういう可能性も、無きにしも非ずか。こういうの、嫉妬っていうのかな……)  嫌な気持ちになった自分に気づき、「はぁ」と溜息をつくと、道端に落ちていた小石を蹴った。
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