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(side雛乃)
「じゃーん!持って来たよ!」
一ノ瀬君と旧校舎の3階の教室にやって来た私は、そう言って彼の目の前にあるものを置いた。
「わっ、サンキュー!」
それを受け取り、一ノ瀬君が嬉しそうな顔をする。
「開けていい?」
「もちろん」
雅なデザインの箱の蓋を開け、一ノ瀬君が「おおっ」と目を輝かせる。
「綺麗なカードだね」
中から一枚の札を取り出すと、裏表に返しながら、矯めつ眇めつしている。
私が持ってきたもの――それは百人一首かるただった。いつもお正月に家で遊んでいるものだ。祖母の代から使っているものなので、かなり年季が入っている。
「で、これ、どうやって遊ぶんだっけ?」
一ノ瀬君は札を置くと、そう言って小首を傾げた。
「ええと、お互いに50枚ずつ並べて、歌が詠まれたら、その札を取るんだよ。相手の陣地の札を取ったら、自分の陣地から一枚札を送るの。それを繰り返して、どっちかの陣地の札がなくなったら終わり」
私は箱の中から札を取り出しながら、簡単にかるたの遊び方の説明をする。私が説明したのは「源平合戦」の遊び方で、「源平合戦」と「競技かるた」のルールは少し違う。「競技かるた」は50枚しか札を使わないが、「源平合戦」は100枚全部使うのだ。
「俺、安達さんに勝てるかな?」
一ノ瀬君は、私の真似をして札を机の上に並べながら、少し不安そうに蛍の名前を出した。なんと一ノ瀬君は、蛍の「源平合戦100人抜き」に挑戦しようとしているのだ。
一ノ瀬君の質問を受けて、私は、
「うーん」
と眉間に皴を寄せた。一朝一夕で練習をして、蛍に挑んでも、きっと勝てないだろう。
私の心を読んだように、一ノ瀬君は苦笑をしたが、
「無理……だよね。でも、俺、頑張るから。それで、安達さんに挑んで、告白するんだ」
ガッツポーズを取り、そう宣言した。
一ノ瀬君が私に「聞きたい」と言ったこと、それは百人一首かるたの遊び方であり、蛍のことだった。一ノ瀬君は、ずっと蛍のことが好きだったらしい。
「今年のかるた大会で勝ち進む安達さんのことを見て、すごくかっこいいと思って、好きになったんだよね。なんとか仲良くなろうと、教室でも声を掛けたりしてたんだけど、彼女、男子に興味ないみたいでさ……。結構スルーされてたんだ」
私は黙ったまま相槌を打った。
「今回のかるた部の出し物を知ってから、同じ土俵に上がったら、彼女、少しは俺のこと見てくれるかなって思って、試合に出ようって決めたんだ」
男子なのに、一ノ瀬君が健気すぎて、胸を打たれた私は、うんうん、と頷いた。
「真殿さんもかるた得意みたいだったから、教えてもらいたいなって思ってさ」
「いくらでも教えるよ!出来るだけ頑張ろうよ!」
私が拳を突き出すと、一ノ瀬君は照れたように笑い、私の拳に自分の拳を、こつんと当てた。
「とりあえず、始めようか。今日はふたりしかいないし、読手がいないから、スマホに音源を入れて来たよ」
私はポケットからスマホを取り出し、音声を流した。すぐに「なにわづに さくやこのはな ふゆごもり……」と歌が流れだす。
そして私と一ノ瀬君は「源平合戦」の練習を始めた。
2回試合をしてみたが、やはり一ノ瀬君は不慣れなので、どうしても私が圧勝してしまう。
「うわ、俺、弱すぎ……」
2回目の試合の後で、一ノ瀬君は落ち込んだ様子で肩を落とした。
「で、でも、1回目より取れるようになって来てるよ!」
と励ますと、彼は、
「そうかな?」
不安そうな顔のまま、首を傾げる。そして、何気なく私のスマホに目を向けると、
「わっ、いつの間にかこんな時間になってる!真殿さんの特訓もしなくちゃ!」
慌てたようにそう言った。
私と一ノ瀬君は百人一首をしまうと、今度は劇の練習を始めることにした。
「『あんた、誰なん?』」
「『俺は、この国の王子やで。あんたに一目ぼれしてしもて、棺を譲り受けたんや。結婚してくれへんやろか』」
甘い台詞も、関西弁だとおかしくて仕方がない。
ふたりでくすくす笑いながらひとしきり練習をした後、私たちは教室に戻ることにした。
「練習に付き合ってくれて、ありがとう、一ノ瀬君」
旧校舎の廊下を歩きながらお礼を言うと、彼は、
「俺の方こそ、ありがとう、真殿さん」
と微笑んだ。
「告白、うまくいくといいね」
私は心の底から、一ノ瀬君と蛍がうまくいくといいな、と思った。
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