117人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
「真殿!?」
息を切らせて保健室に辿り着き、扉をガラッと開けると、ベッドに腰掛けた真殿が、保健の柴田先生に足首に包帯を巻いてもらっているところだった。
「あ、小鳥遊君」
俺の顔を見て、ふにゃっと笑う。
「階段から落ちたって聞いたんだけど」
思っていたより平気そうだ。
「えへへ。私、鈍くさいから、足を滑らせちゃって」
頬を掻いて笑う真殿を見て力が抜けた俺は、安堵の溜息をつきながら保健室の中へと入った。真殿の側まで近づき、
「足……怪我したのか?大丈夫?」
と尋ねる。
「捻挫ね。折れてはいないわよ。でも、しばらくの間、歩くのが不便だと思うわ」
真殿の代わりに、手際良く包帯を巻き終わった柴田先生が答えると、俺の顔を見て思わせぶりに笑った。
「王子様登場……ってところかしら?」
「そ、そんなんじゃ」
「ないですよっ」
俺と真殿が、ほぼ同時に声を上げる。真殿の顔が赤くなっているが、おそらく俺の顔も赤いだろう。
すると、バタバタと廊下を走る音がして、
「真殿さん、大丈夫!?」
「ヒナ、階段から落ちたって聞いたわよ!」
一ノ瀬と安達が保健室へ飛び込んで来た。その後ろに1組のクラス委員長の米田の姿も見える。
「ちょっと足を挫いちゃった。ごめんね、私、劇に出れないかも」
3人の姿を見た真殿が、申し訳なさそうに謝罪すると、
「マジか!主役が出れないって、どうなるんだよ!」
米田が頭を抱えて唸った。
俺は、真殿の心配より劇の心配をする米田にムッとしたが、他クラスの問題なので口を挟まずにいると、
「とりあえず、教室に戻ってみんなで相談しましょう。ヒナ、立てる?」
安達が建設的な意見を述べ、真殿の傍らに寄り添った。
「肩貸すわ」
「それなら俺が支えるよ」
一ノ瀬が安達を制して真殿に手を差し出したので、俺は咄嗟にその手を払いのけると、
「……俺がいるから」
と低い声で告げた。
俺の威嚇に、一ノ瀬は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに笑顔になり、
「そっかぁ。じゃあ、大丈夫だね」
と手を引っ込めた。意外とあっさりと引いたので、今度は俺が拍子抜けしてしまう。
「はいはい、そこ、バチバチしない」
柴田先生が間に入ってくると、どこから取り出したのか、松葉杖を真殿に差し出した。
「これがあれば、とりあえずは歩けるでしょう?」
「はい。ありがとうございます、先生」
真殿は素直に頷いて松葉杖を受け取ると、器用に操って立ち上がった。
「それじゃあ、みんなと教室に戻るね。心配してくれてありがとう、小鳥遊君」
真殿は俺に片手を振ると、安達と一ノ瀬、米田と共に、1組へと戻って行った。
その去り際の顔がなんだか脳裏に引っ掛かり、俺が考え込んでいると、
「あら、あの子、忘れて行ったわ」
柴田先生が机の上から、古風な箱を取り上げて、弱ったように小首を傾げた。なんだろうと視線を向けると、どうやら百人一首かるたのようだ。
「それがどうかしたんですか?」
「これ、真殿さんのだと思うのよ。彼女が階段から落ちた時に持っていたみたいで、階段や廊下に撒き散らされていたんですって」
「じゃあ、俺が後で届けておきます」
「そうしてくれる?」
俺は柴田先生から箱を受け取ると、保健室を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!