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保健室から出た俺は、その足で旧校舎に向かった。
古びた階段を上がりながら、ここで真殿が落ちたのかと思い、辛い気持ちになる。
(頭を打たなくて本当に良かった)
そう考えていると、1階と2階の間の踊り場にある鏡の前に、2枚のかるたが落ちているのを見つけた。真殿のかるたを拾ってくれた生徒が、この2枚だけ拾い忘れたのだろう。
俺は身をかがめてその札を拾うと、表に返してみた。
(平兼盛『しのぶれど』と壬生忠見『恋すてふ』か……)
両方とも、平安時代の歌合の会で『しのぶ恋』を題材に詠まれた歌だ。
「…………」
俺はしばらくその札を眺めた後、上着のポケットにしまった。
階段を上がりきり、3階の廊下までやってくると、写真部がここで展示をしていることに気が付いた。
(もしかして、真殿が落ちた時のこと、見た人がいるかもしれないな)
開け放たれた教室の扉から中を覗き込むと、3年を表す色のネクタイをした男子がふたり、受付に座っていた。教室の中には、数人、写真を見に来ている生徒がいる。
「すみません。ちょっとお話いいですか」
俺は教室の中に入ると、彼らに向かって声を掛けた――。
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