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【文化祭編】姫君たちのエンディング
「どうしよう、ヒナ。私、一ノ瀬君に告白された」
いつもしっかり者の蛍が、らしくなく動揺した表情で私にそう声を掛けて来たのは、文化祭2日目の朝のことだった。
聞けば一ノ瀬君は、昨日、劇が終わった後、かるた部主催の「源平合戦100人抜き」で蛍に挑み、見事に玉砕したらしい。けれど、負けた一ノ瀬君はすぐにその場で、
「俺、安達さんが好きだ。付き合って下さい」
と告白したのだそうだ。
その話を聞いて、私は、一ノ瀬君のあまりの潔さに感嘆の声を上げてしまった。
もちろんその場には一ノ瀬君を見に来た女子のギャラリーが大勢いたのだが、一ノ瀬君が告白した途端、悲鳴が上がったとか。
「付き合ったらいいんじゃない、蛍。一ノ瀬君、いい人だよ」
私が笑顔でそう答えると、蛍は指をもじもじと絡ませながら、
「でも、私、男子に興味なんてなかったし、急に付き合ってって言われても困る……」
視線をさ迷わせている。
すると、
「安達さん!」
笑顔の一ノ瀬君が、蛍の背後から、ぽんと肩を叩いた。
「おはよ!」
「きゃあっ!」
驚いた蛍は、悲鳴を上げて飛び退った。顔が真っ赤だ。
「お、おは、おは……」
「おはよう、一ノ瀬君」
動揺している蛍が面白くて、私は笑いをこらえながら、一ノ瀬君に挨拶を返した。
「おはよう、真殿さん。足の具合はどう?」
「一晩でだいぶ腫れが引いたから、もう松葉杖をつかなくて良くなったよ」
「それは良かったね」
一ノ瀬君は相変わらず甘い笑顔を浮かべていて、朝からこんな顔をみると、心が洗われる気がする。
「今日、安達さんはクラブの用事ないよね?俺と一緒に文化祭まわらない?」
そう言うと、一ノ瀬君は蛍が答える隙も与えず、手を取り、ぐいっと引っ張った。
「行こ!」
「えっ、ちょっ、ちょっと待って……」
戸惑っている蛍にはお構いなしに、彼女を引っ張って教室を出て行ってしまう。
「朝から積極的だなぁ」
私は感心して、蛍と一ノ瀬君の後ろ姿を見送った。ふと周囲を見回すと、クラスの女子たちが、ふたりが消えて行った扉に鋭い視線を投げかけている。標的は私から蛍へと、すっかり移ってしまったようだ。
(でも、気の強い蛍のことだから、悪意なんて跳ね返すんだろうな)
きっとそのうちふたりは、堂々と付き合い始めるのだろう。
私はクラスの女子の中に、霜月さんの姿を見つけて、目を細めた。彼女は切ない表情で扉を見つめている。
(結局、霜月さんは告白をしたのかな?)
でも、それを聞くのは野暮というものだ。
すると、
「真殿、客が来てるぞー」
米田君が私を呼ぶ声がした。視線を向けると、蛍と一ノ瀬君が出て行った扉の所に、小鳥遊君が立っている。私は慌てて駆け寄ると、
「おはよう」
と声を掛けた。
「おはよう。真殿、今日は一緒に文化祭まわらない?」
小鳥遊君の誘いに、
「うん!」
と満面の笑みで頷く。
私の返事を聞いて、小鳥遊君はふわりと微笑むと、
「じゃあ、行こうか」
と隣に立って歩き出した。
「どこから見る?」
「写真部の写真展見たいなぁ。それと、天文部がプラネタリウムやってるの。それも行きたい。3組の占いカフェも行ってみたいし……」
「うん、全部行こう」
指折り数えて行きたい場所を挙げていく私に、小鳥遊君が優しい目を向けている。私は、隣の教室を通り過ぎる時、一番大切な場所を忘れていたことに気づいて、
「あっ」
と声を上げた。
「2組のお化け屋敷も見たい!」
2組の教室の前で足を止め、私は小鳥遊君を見上げた。
「えっ……」
なぜか小鳥遊君は言葉を詰まらせ、
「俺のとこは、ちょっと……やめといた方が」
と狼狽えている。
「ええー?なんで?」
唇を尖らせると、
「ほら、真殿、君って怖がりじゃないか」
なんだか取ってつけたような理由を述べてくる。
「大丈夫だよ。ほら、入ろう?」
私がぐいぐい手を引いて2組の教室に入ると、受付に座っていた女子が、
「いらっしゃいませ~!お化け屋敷へようこそ!」
と明るい声を上げた。暗い雰囲気の教室に、彼女の声はなんだかちぐはぐだ。その声に勇気づけられ、
「ちょっと、真殿、待って」
往生際の悪い小鳥遊君を引っ張って、教室の奥に入る。
教室の奥は照明が落とされ、暗幕で外の光が遮られていた。ところどころ足元に、赤いセロファンを貼ったLEDライトが置かれている。薄明りの中お墓らしきものも見えるが、作りものだと分かっているから怖くはない。
(余裕、余裕)
鼻歌でも歌い出したいような気持ちで歩いていると、突然、暗幕の間から全身血みどろの白い着物を着た幽霊が飛び出して来て、私に襲い掛かって来た。
「恨めしやー!!」
迫真の演技に、
「キャアアアア!!」
私は思わず吃驚して、大きな悲鳴を上げてしまった。お化けはゆらゆらと体を揺らしながら、
「恨めしや~!」
と言いながら、私に迫ってくる。
「いやー!来ないで、あっちに行って!」
思わず目をつぶって、隣の小鳥遊君に抱き付くと、
「だから言ったのに……」
頭上から、呆れた溜息が降って来た。
「恨めしや~、ったら、恨めしや~」
「きゃあああ!!」
私の周りで踊るようにぐるぐる回っている幽霊を、
「杉本、もういいよ」
小鳥遊君は片手でしっしと追い払った。
「ぷぷっ」
幽霊が笑い声をあげて、暗幕の中へと戻って行く。
「もう行ったから、大丈夫」
小鳥遊君にぽんぽんと頭を叩かれて、私は涙目で彼の顔を見上げた。
「本当?」
「本当だって」
私の体を両手で突き放すと、小鳥遊君は顔を背けながら、
「……ねえ、頼むから、ここでそんな顔しないでくれる?」
弱ったように、そうつぶやいた。
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