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昼からの授業は、小鳥遊君に胸を掴まれたことで頭がいっぱいになり、全く身が入らなかった。
(小鳥遊君に胸触られた!この馬鹿みたいに大きな胸を!は、恥ずかしい……!)
グラウンドに穴を開けて、地球の反対側まで逃げて行きたい。
終礼が終わると、小鳥遊君に「美術室へ来て」と言われた言葉を思い出し、行くべきかどうか悩むことになった。
「蛍~……どうしたらいい?小鳥遊君に胸を触られたなんて、私、恥ずかしくて死にたい」
べそをかきながら蛍に相談すると、
「彼、昨日の話で思いついたことがある、って言っていたんでしょう?なら、きっと原画の話よ。行った方がいいと思うわよ」
蛍は至極まっとうな答えを返してくる。
「そうだよね……」
「それに、ここで行かない選択をしたら、今後小鳥遊君と会話をするきっかけがなくなってしまうかもしれないわよ」
「それは嫌だ!」
ぱっと顔を上げた私に、蛍はにっこりと笑うと、
「じゃあ、行きましょう」
そう言って立ち上がった。
蛍と連れ立って美術室へ向かい、少し逡巡した後、思い切って扉を開くと、既に小鳥遊君は中にいて、もうひとり、
「あ、ホントに来た!」
サッカー部の杉本君がいた。私と蛍を見て、人懐こい笑顔を見せる。その口元から八重歯が覗いた。
「杉本、どうしてここにいるのよ」
途端に蛍が険のある眼差しで杉本君を見た。
「なんだよ、安達。いちゃ悪いのかよ」
杉本君が頬を膨らませる。私は、やけに親しげ(?)なふたりを見て、戸惑ってしまった。もしかして、
「蛍、杉本君と知り合いだったの?」
そう尋ねると、
「小学校の同級生」
蛍から短い回答が返ってくる。
「相変わらずぺったんこだなぁ、安達」
杉本君が蛍の胸に視線を向けると、しみじみとそう言った。そしてちらりと私の胸に視線を向ける。私は嫌な気分になり、表情を曇らせた。それに気づいた蛍の眼差しが、ますます鋭くなる。
「最低。セクハラはやめてよね」
「…………」
小鳥遊君が無言で杉本君の脇腹を肘で突いた。結構な強さだったのか、
「いてっ!何するんだよ、小鳥遊!」
杉本君が、小鳥遊君の方を向いて抗議の声を上げる。
小鳥遊君は軽蔑した視線を杉本君に向けると、
「お前、女子に失礼なこと言うなら行けよ。今日もサッカー部の練習あるんだろ」
冷たい声音でそう促した。
「悪ぃ悪ぃ。もう言わないからさ。でも、練習はあるから、俺そろそろ行くわ」
杉本君は軽い調子で謝ると、
「じゃあ」
私たちに手を振って、美術室を出て行った。彼は一体何のためにここにいたのだろうか。私は首を傾げた。
教室を出て行った杉本君と入れ替わるように美術室に足を踏み入れると、小鳥遊君が私たちを見て、
「杉本が失礼なこと言ってごめん」
と謝った。小鳥遊君は淡々とした様子で、昼間の出来事は夢だったのかと思えてしまう。私は彼の様子に少し安心して、杉本君の言動に対して、
「大丈夫だよ、小鳥遊君が謝ることないよ」
と首を振った。けれど、
「あいつ、失礼千万だわ!今度あんなこと言ったらシメてやる」
蛍は憤慨した様子で指を鳴らしている。しかし、すぐに気を取り直したのか、
「で?小鳥遊君、何の用?」
そう問いかけた。
「昨日、君たちが探してた原画のことだけど、少し思いついたことがあって……」
小鳥遊君はそう言ってカバンの中から一冊の本を取り出すと、私たちに表紙を見せた。
『七剣の青龍』の第1巻だ。
「やっぱり小鳥遊君も持ってたんだ」
あれ?でも、昨日は知らないと言っていたのに。私が内心で首を傾げていると、その疑問に気付いたのか、
「これ、姉貴に借りて来た本」
と補足してくれる。そして、
「昨日、言いかけたんだけど、モリノトウコは漫研じゃなかったんじゃないかと思う」
と言った。
「えっ?」
「そうなの?」
私と蛍が同時に声を上げる。
小鳥遊君は頷いて、
「多分、天文部だよ」
と、どこか確信に満ちた声音で言った。
「その根拠は?」
すかさず問い返した蛍に、
「とりあえず、天文部の部室に行ってみないか?確か今日は休みだったはずだ」
小鳥遊君はそう提案し、私たちを従え天文部の部室を目指して歩き出した。
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