星の導き

3/7
116人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
 天文部の部室は、旧校舎の科学室だ。旧校舎は木製の建物で、レトロな雰囲気と言えば聞こえはいいが、一言で言うとボロい。けれど、いまだに現役で、科学室の他に、1年生の教室も入っていた。 「そういえば旧校舎って、幽霊が出るって噂があったわよね」  歩きながら、ふと思い出したように、蛍がそんなことを言い出した。以前、女子の間で学校の怪談が流行ったことがある。 「へえ。どんな?」  小鳥遊君は知らなかったようで、興味深げに聞いて来た。 「昔、痴情のもつれで口論になって、階段から突き落とされて死んだ女子生徒がいたんだって。旧校舎の1階と2階の階段の間に鏡があるでしょう?夜になるとその鏡から死んだ女子生徒が現れて、突き落とした相手を探して、旧校舎の中をさまよっているって話」 「蛍、やめてよ、怖いからっ!」  私が身震いして蛍の腕を掴むと、蛍は笑って、 「あくまで噂なんだから、怖がることないわよ。現に、誰も見たことがないんだし」 とひらひらと手を振った。  蛍はこの手の話は平気なようだが、私はオカルト的な話は苦手で、出来れば無縁でありたい方だ。  そんな話をしているうち、私達は科学室に辿り着いた。そうっと教室の扉を開け、 「すみません……」 と声を掛ける。  教室の中には、理科の村雨先生がいた。村雨先生は今年から赴任してきた20代の若い先生で、俳優の誰かに似ていると、女子からの人気が高かった。今日の授業で使ったのか、スクリーンをしまっていた村雨先生は、私たちの顔を見ると、 「おや?」 という顔をしたが、 「どうしたんだい?」 と、すぐに爽やかな笑顔を浮かべた。  私は渡りに船とばかりに、 「先生、実は私達、探し物をしているんですが、先生はモリノトウコという漫画家の原画のことを知りませんか?」 と尋ねた。蛍が、 「30年前にこの学校に在籍していた生徒の描いた絵なんですけれど」 と補足してくれる。  村雨先生は首をひねると、 「知らないなぁ」 と言った。 「俺が赴任してきたのは今年からだからなぁ。昔のことは分からないよ」  確かに、村雨先生が知らないのは当然だろう。予想出来た答えだったのか、落胆した様子もなく、小鳥遊君が淡々と、 「もしかしたらこの教室にあるかもしれないので、探してみてもいいですか」 と聞いた。  村雨先生は、 「いいよ」 と頷くと、 「高い道具もあるから、物だけは壊さないように」 と釘を刺して、スクリーンを担いで教室を出て行った。 「さて」  先生が出て行った後、小鳥遊君は腕を組むと教室内を見渡した。私もつられて周囲を見回す。  壁には星座の写真のパネルが飾られている。オリオン座、北斗七星、夏の大三角、有名な星座ばかりだ。  スチール製の棚の中には、宇宙関連の書籍が雑然としまわれていた。教室の奥には、大小の望遠鏡が置かれている。  小鳥遊君はこの教室の一体どこに原画が隠されていると考えているのだろう。 (そもそも、なんで原画が天文部にあると思ったんだろう?)  私がそう疑問に思っていると、彼はバッグから『七剣の青龍』を取り出した。パラパラと捲り、見開きのページで指を留める。そのページは、剣を掲げる竜の青年に、7人の眷属が、従者の誓いを立てている場面だった。  小鳥遊君はそのページを私に指し示すと、 「この作品にはあちこちに星の知識が散りばめられているんだ」 と言った。 「タイトルの『七剣』……作中では、竜族の青年が持つ剣の名前になっているけど、これはたぶん七剣星のことで、北斗七星の別名だ。その証拠に、青年に仕える7人の従者の名前、ドゥーベ、メラク、フェクダ、メグレズ、アリオト、シザール、アルカイドは、全て北斗七星の7つの星の名前なんだ」 「へえええ……」  私は感心して声をあげた。愛読書なのに、全然知らなかった。 「きっとモリノトウコという人は、星が好きだったんじゃないかな」  小鳥遊君の言葉に、 「だから天文部なのね」 蛍が納得したように頷く。 「モリノトウコは原画は『隠した』って言っているのだから、普通に分かりやすいところにしまってあるとは限らないわよね。もしかすると、作品のタイトルでもある北斗七星がヒントになっていたりするのかしら?」 「じゃあ、まずは北斗七星のパネルを調べてみない?物を隠すのにはうってつけだと思うんだけど」  私が北斗七星のパネルを見上げて言うと、 「そうだな。一応、調べてみよう」 小鳥遊君は早速パネルの下まで机を運んで来ると、その上に乗って手を伸ばした。 「……届かないな。真殿、椅子も持ってきてくれないか?」 「うん」  私は手近の椅子を持ってくると、一旦机を降りた小鳥遊君に手渡した。小鳥遊君は机の上に椅子を乗せると、今度はその上に登り、再度パネルに手を伸ばした。私は彼が足を踏み外さないか、ハラハラしながら見守った。  私たちの目の前で、小鳥遊君は北斗七星のパネルを壁から外した。――しかし、そこには、壁以外、何も見当たらなかった。 「……違ったわね」  蛍が、やや残念そうに肩をすくめて見せる。 「本当だね」  私もがっかりして溜息をついた。  小鳥遊君は元の通りにパネルを戻すと、身軽な動作で机から下りて来た。 「やっぱり無かったな」  小鳥遊君にとって、この結果は予想通りだったようだ。机と椅子を元の場所に戻すと、仕切りなおすように、 「ふむ」 と独り言ちた。そして、もう一度北斗七星のパネルを見上げた後、教室内を見回した。 「北斗七星を目安にして、北極星を見つけることが出来るって話、知ってるか?」  突然の小鳥遊君の問いかけに、私と蛍は首を横に振る。 「北斗七星が柄杓型をしているのは有名だけど、その柄杓のある一辺の長さを5倍に伸ばすと、北極星の位置に辿り着くんだ」 「へえ!」 「そうなのね」  私と蛍は感心した声を上げる。小鳥遊君はもう一度パネルを見上げると、その一辺の長さを目視で測ったようだ。それを元に歩幅を決め、教室内を横切るように5歩進んだ。 「だいたいこの辺りの位置になるのかな……」  小鳥遊君が立ち止まったのは、教室の隅の教卓が置かれている場所だった。 「ここ?」 「うん。少し台をどけてみよう」  小鳥遊君はそういうと、教卓に手を掛けた。それほど重くはない教卓は、すぐに動かすことが出来た。すると、 「何これ。床下収納?」 教卓の下に現れた扉を見て、私の口から、思わずそんな感想が飛び出した。それを聞いた小鳥遊君が、 「床下収納って。地下室の入り口っていう方が、ロマンがないか?」 少し笑いを含んだ声でそう言った。 「あ、そうか。そうだね……」  自分の頓珍漢な言葉に我ながら恥ずかしくなり、俯く。 「別にいいけど」 「早く開けてみましょうよ」  蛍がしゃがみ込み、地下室の入り口らしき扉の取っ手に手を掛け引いてみたが、扉は開かない。どうやら鍵がかかっているようだ。 「村雨先生、この地下室のこと知ってるのかな?」 「科学室の主だもの。きっと知ってるでしょう。鍵があるのか聞いて来るわ」 蛍がそう言って教室を飛び出して行く。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!