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原画探し
(side雛乃)
次の日、私は学校で、蛍と一緒にお弁当を食べながら、昨日の兄の話をしていた。
「……というわけでね、モリノトウコの原画を探すことになったんだ」
「へえ。モリノトウコがこの中学の出身だなんて知らなかったわ」
爪楊枝に刺さったプチトマトを口に運びながら、蛍は感心したように言う。
「そう!すごいよね!」
私もシュウマイを頬張りながら頷いた。
「でも、その原画、この学校のどこにあるのかしら?お兄さんの話では、学校側から、そんなものはない、って言われたんでしょう?」
「う~ん、そうみたい。でも、モリノ先生のご遺族は、絶対にあるはずって言ってるんだって。モリノ先生が、学校の中のどこかに隠したらしいよ」
蛍は爪楊枝を置くと、目をキラキラと輝かせた。
「隠された原画なんて素敵!ロマンを感じるわ。絶対に見つけたいわね」
「もしかして、蛍、原画探し手伝ってくれるの?」
「もちろん。だって面白そうだもの。それに私も、モリノトウコの学生時代の絵を見てみたいし」
ひとりよりふたり。蛍が手伝ってくれるなら心強い。
「ありがとう!」
私は蛍の手を取ると、ぶんぶんと縦に振った。
「まずは、お兄さんに『原画は無い』って言った人に、詳しい話を聞いてみるのはどうかしら?それが誰かは聞いてるんでしょう」
「確か広報の人って言ってた」
「広報なら、事務室ね。放課後、行ってみましょう」
お弁当を食べきった蛍が、弁当箱の蓋を閉めながらそう提案をしたので、私は頷いた。
放課後、私と蛍は連れ立って1階の昇降口の前の事務室へと向かった。
職員室は馴染みがあるけれど、事務室へは入ったことがない。
「失礼します……」
扉をそうっと開けると、入ってすぐの場所はカウンターになっていて、衝立の前に受付の女性が座っていた。
「はい?どうしました?」
彼女は、制服姿の私たちに目を瞬いた。学生がここへやって来るのは、珍しいのかもしれない。
「広報の方、いらっしゃいますか?」
蛍がテキパキとした口調で、受付の女性に問いかけた。女性はまだきょとんとした顔をしていたが、
「ちょっと待ってね」
と言うと、
「一條さん!お客さんです!」
衝立の後ろに向かって声を掛けた。
「はーい」
すぐに返事が返って来て、少しの間の後、ショートカットのスーツ姿の女性が姿を現した。歳は、私の母親より、若干上だろうか。
「あら、学生さん?どうしたの?」
一條さんは一瞬不思議そうに私たちの顔を見たが、すぐに笑顔を浮かべ、そう尋ねた。
「あの、私たち、モリノトウコの原画を探しているんです。それで、広報の方にお話を聞きたくて来ました」
私がそう言うと、
「この子の兄が出版社で働いているんですが、今度その会社の主催で、漫画家の原画を集めた展覧会をすることになったんだそうです。それで、モリノ先生の原画がこの学校にあると知って、問い合わせをしたそうなのですが、そのことを覚えていらっしゃいますか?」
蛍が丁寧に補足してくれる。
すると一條さんは、兄のことをすぐに思い出したのか、
「ああ!」
と手を打った。
「そういえば、こないだ出版社の方からお電話を頂いたわ。あれ、あなたのお兄さんなの」
一條さんに笑顔を向けられ、私は頷く。
「兄は、原画はないって言われたって言っていたんですけど」
「そうね、そうお答えしたわ。漫画家の方の絵が当校に保管されているという話は聞いたことがないし」
「そうですか……」
やはり原画は普通に保管されているわけではなく、ご遺族の言う通り、誰も知らないところに隠されているのだろう。
「モリノさんって、30年前ぐらいにこの学校にいた方だって、お兄さんが仰っていたわ。当時のことを知っている先生に、お話を聞いてみたらどう?確か……そう、教頭先生あたりだったら、もしかしたら知っているかも」
そう教えてくれた一條さんに、
「そうしてみます。ありがとうございました」
お礼を言うと、事務室から外に出た。
蛍と目と目を合わせ、
「やっぱり無いって」
「でも、教頭先生に話を聞いてみたらって」
「じゃあ、職員室に行ってみる?」
「うん!」
頷きあうと、今度は職員室へと向かった。
職員室の引き戸を開けると、一番奥の席に、頭髪の薄い教頭先生の姿があった。私たちの学年主任の吉田先生と雑談しながら、お茶を飲んでいる。
「教頭先生」
近づいて行って声を掛けると、教頭先生は、どうしたのか、というように私たちに顔を向けた。
蛍と目くばせしあい、
「少しお聞きしたいことがあるのですが」
蛍が代表して、丁寧な口調で教頭先生に話しかける。
「モリノトウコさんって生徒、覚えてらっしゃいますか?30年前ぐらいに、この学校にいらっしゃったみたいなんですけど」
「モリノトウコ……?はて……?」
教頭先生は腕を組むと、ううむ、と考え込んでしまった。
「分らんなぁ。その生徒がどうかしたのかい?」
「モリノトウコさんはこの学校の卒業生で漫画家になった方なんですけど、その人の原画が、この学校にあるそうなんです。私たち、それを探してます!」
私は勢い込んで教頭先生に説明した。
教頭先生は納得したように頷くと、
「それなら、きっとその子は漫研に入っていたんじゃないのかな」
と言った。
「まんけん?」
「漫画研究部だよ。昔はあったんだけどね、でも今はもう無くなってしまったね」
教頭先生はそう言って腕を組んだ。すると、隣で話を聞いていた吉田先生が、
「漫研の資料なら、確か美術準備室にありますよ」
と口を挟んで来た。
「漫研がなくなった時、過去の同人誌やらなんやらを、美術準備室に移した記憶があります」
と教えてくれる。
「もしかしたら、君たちが探している絵も、その中にあるんじゃないかな」
笑顔でそうアドバイスをくれた吉田先生に、私たちは、
「ありがとうございます!」
とお礼を言うと、職員室を飛び出した。
「美術準備室に行ってみよう!」
「そうね」
ふたりで小走りに2階の美術室に向かう。準備室は美術室の中で繋がっているのだ。
美術室に辿り着くと、私たちは、確認もせずにガラッと扉を開けた。
「!!」
すると、中に人がいた。男子だ。
私は彼の姿を目にして、咄嗟に固まってしまった。
(小鳥遊君だ……!)
小鳥遊君はスケッチブックを手に絵を描いていた。急に入って来た私たちに吃驚したのか、絵筆を握る手を止め、目を丸くしてこちらを見ている。
「ちょっとお邪魔するわね」
蛍が一瞬私に視線を向け、驚いている小鳥遊君を意に介する様子もなく、教室へと入っていく。
「お、お邪魔します……!」
私は小鳥遊君にぺこりと頭を下げると、慌てて蛍の後ろに付いて行った。
蛍はすたすたと美術室の奥にある準備室の扉の前まで行くと、手を掛けた。そのまま扉を横にスライドさせようとして、
「ん……?開かないわね……」
首を傾げて、ガタガタと揺らす。
「そこ、建付けが悪いんだよ」
小鳥遊君の声が後ろから聞こえた。私と蛍が振り返ると、彼はスケッチブックと筆を机の上に置き、こちらへと向かって歩いて来た。
「ちょっとどいて」
私たちふたりを横に退かせると、扉に手を掛ける。少し扉を前後に揺らした後、小鳥遊君が横に引くと、すんなりと扉は開いた。
「わあ、ひらけゴマみたい」
思わず感嘆の声を上げると、小鳥遊君は目を瞬いて私の顔を見た。
「あ、えっと、その……小鳥遊君がすんなり開けたから、不思議だなって思って」
変なことを口走ってしまった。恥ずかしくなって、しどろもどろにそう言うと、彼は一瞬口元を緩め、笑ったように見えた。けれど、すぐに真顔に戻り、
「準備室に何か用事でもあるの?」
と聞いてくる。
「ちょっと探し物」
「あのね、モリノトウコって漫画家の絵を探していて……」
蛍が準備室を漁っている間、私は事情をかいつまんで小鳥遊君に説明した。話をしてみたいと思っていた彼と会話をしているという事実に、心が浮足立ってしまう。緊張のあまり早口になってしまった私の話を最後まで聞くと、小鳥遊君は、
「ふうん」
と言って腕を組んだ。
「そんな絵がうちの学校にあるんだ」
「たぶんね」
「あった、漫研の資料!この箱よ」
蛍が棚の奥の方から、埃をかぶった段ボール箱を引っ張り出してきた。側面にマジックで「漫画研究部」と書かれている。張られたガムテープを引きはがすと、ぶわっと埃が舞い、私たちは一斉に咳き込んだ。
「ここは埃っぽい。あっちに持って行こう」
小鳥遊君が段ボール箱を持ち上げ、美術室の方へと移動させてくれる。
机の上に箱を置くと、私たちは早速、中のものを順に取り出してみた。
「これは、同人誌?」
製本された冊子を手に取り、蛍がぱらぱらと中をめくる。奥付を見ながら、
「文化祭で発行されたものみたい」
と言った。
「たくさんあるね」
私もそのうちのひとつを手に取ると、ページを捲ってみた。拙いながらも一生懸命描いたと思われるイラストや漫画が掲載されている。傍らの小鳥遊君も、興味深げに同人誌を読んでいる。
「同人誌はこれで全部、かな。あとは……」
蛍が冊子を全て箱から出すと、今度は厚紙の束を取り出した。そして、
「ちょっとヒナ!もしかしたらこの中にあるんじゃない!?」
興奮したように私を呼んだ。
「えっ!?」
私は慌てて同人誌を置くと、蛍が手にする厚紙に視線を向けた。それは確かにカラー原画だった。色んなタッチの絵があるので、複数の漫研部員が描いたものなのだろう。
私と蛍がはやる気持ちで絵を繰っていく横で、
「イラストボードか。へえ、こっちは結構上手いのもあるな」
小鳥遊君が一枚一枚手に取りながら、丁寧に目を通している。
50枚ほどあった原画を全てチェックした後、私と蛍は目を見合わせると、どちらからともなく首を振った。
「ない……わね」
「たぶん……」
ほとんどの絵が稚拙なものばかりで、中には数枚上手な絵もあったが、それもとてもモリノトウコが描いたとは思えない絵ばかりだった。モリノトウコが中学生だったと鑑みても、タッチが違い過ぎる。
がっくりと肩を落とした私たちに、小鳥遊君が言った。
「ところで、君たちが探しているモリノトウコって、何て言う漫画を描いている人なの?」
「『七剣の青龍』っていう少女漫画だよ。ファンタジー物で、お姫様と竜の青年の恋物語なの。登場人物が魅力的で、とっても面白いんだよ!」
「主人公たちだけじゃなく、青年に仕える7人の従者が格好良くて、またいいのよね。私はシザールが好き」
「私はお姫様の7人の侍女たちも好きだなぁ。それぞれにストーリーがあって」
「うんうん」
思わず私と蛍が盛り上がっていると、
「ふうん……」
小鳥遊君が腕を組んで顎に手をやり、何か考え込んでいる様子だったので、
「小鳥遊君も読んだことある?」
と聞くと、
「いいや」
と否定の返事が返ってくる。
「?」
しばらくすると、彼は顎から手を放し、
「もしかすると、その人は漫研じゃないのかもしれない」
と言った。
「えっ?」
「そうなの?」
私と蛍が、同時に声を上げる。
「じゃあ、何部なの?」
蛍がすぐさま尋ねたが、
「そうだな……」
小鳥遊君は口を開きかけ、けれど思い直したように口を閉じた。そして、窓の外に視線を向けると、
「今日はもう遅いから、明日にしないか」
と言った。つられて私と蛍も窓の外を見ると、夕日が沈みかけ、空はうっすらと暗くなりつつある。
「もうそんな時間!?早く帰らなくちゃ」
あまり遅くなっては、家族が心配する。それに、夜道は怖い。何としても、真っ暗になる前に帰りたい。
「蛍、行こう」
慌てて蛍の手を取ると、蛍も私の恐怖を察したのか、頷いた。
「ヒナ、私も途中まで一緒に行くから、大丈夫」
「うん、ありがとう。それじゃ、小鳥遊君、ばいばい」
私は小鳥遊君に手を振ると、後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、美術室を後にした。
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