リア充殺す

1/1
前へ
/1ページ
次へ

リア充殺す

プロローグ 「あ~マジでリア充爆発しろ」 「なになに? どうしたのよ?」 「山岡の野郎がよ、彼女作ったから自慢してくるんだ」 「ああ、山岡くん。確かに、訊いてもいないのに女の子と会うことを報告してくるよね」 「隙あらば自分語りを始めるからな。彼女のいない俺にマウントをとるんだ。マジで爆発しろ」 「ほんとに爆発したらどうするのよ?」 「さすがにないだろ。謎の爆発騒ぎでうるさいご時世とはいえ」 「リア充爆発願うより、リア充になる努力をしなきゃね! ということで、今から駅前で作戦会議よ!」 「おい、引っ張るなって」  人は自らの置かれた立場を客観視できない。  誰もが、世界は不平等だと思う。  ただの友人らしき男女が走って行く姿を一人の少年が睨んでいた。 『マスター、あの二人……』 「……ああ。間違いない。リア充だ」  少年は、右手の中指を二人の後ろ姿に向ける。指にはめられたリングから鼠色の光が放射され、男女の背中を突き抜けた。  男女は突然立ち止まると、何やら口論して違う方向へと去って行った。 『やりましたねマスター! これでまた世界からリア充が消えましたっ』 「ああ、ウィンウィン。自らの恵まれた境遇も理解できぬ傲慢で愚かなリア充を俺がまた破壊してやった」  これは、リア充という悪しき存在を破壊し、世界に革命をもたらすべく戦った少年、非女喰喪太郎の生き様を描いた物語である。 第一章 契約 「えへへ、今日のデート楽しみだなあ~」 「おいおい、あんまりはしゃぐなよ」 「そんなこと言ったって、今からワクワクしてしょうがないんだもん」 「やれやれ。一昨日も遊びに行ったばかりじゃないか」 「昨日は行けてないもーん」 「チッ」  非女喰喪太郎は舌打ちした。  理由はもちろん、前を歩く不快な男女連れである。  男は喪太郎と同じ高校の制服だが、女は別の高校のものを着ている。 (クソが)  喪太郎は思う。 (この朝っぱらから男女連れで登校とは、随分舐めた真似をしてくれる。おまけにモタモタと歩きやがって……邪魔なんだよッ!) 「それにしても寒いな」 「うん、こんな日は――えいっ」 「なんだ、また手を繋ぐのか?」 「イヤ?」 「……別に嫌じゃないさ」 「チッ!」  舌打ちが、冬の乾燥した空気に響く。  耳に届いたのだろう。カップルの片割れが振り向いた。  喪太郎はとっさに顔を地面に向けて硬直する。 「どうしたの?」 「いや……別に」  手を繋いだ二人の姿が遠ざかるのをチラリと確認し、喪太郎はようやく緊張を解く。  できる限りゆっくりと、前の二人に追いつかないように歩いた。  だが、またしても。校門の前で手を振り合う姿が目に入る。 「じゃあ、放課後に」 「うん、放課後にねっ!」 (死ねよ)  喪太郎は心からそう思った。  そして早く別れますように、と怨嗟の念を送るのだった。  そんな喪太郎を遥か上空から見つめる影が一つ。 『この波動――。やっぱり、貴方が……!!』  昼休み。喪太郎は校舎の一階端にある男子トイレの個室にいた。  便器に腰を下ろし、ママの作ったお弁当を食べながら考えるのは、今朝前を歩いていた二人のことである。 (あの女、巨乳だった。髪も染めてたし、絶対ビッチだな。そこまで美人ではない。いかにも股の緩そうなアホだ。ヤリマンなのはまず確定。男の方は隣のクラスの奴だ。確か学級委員をしていた気が。まあ、少なくともクズなのは間違いない。どうせ他の女ともヤリまくってるだろう。顔みりゃ判る。そろそろ誰か妊娠させてもおかしくはない)  こうして独り、物思いに耽るのが彼の日課だった。  陰キャの中の陰キャである彼にとって、この個室は校内で唯一の安息の地だった。  だった。 (ん? 足音が近づいてくる)  普段は誰も近づかない筈のトイレのドアが開かれた。  喪太郎は当然のように息を殺して縮こまる。 「ねえ、ほんとに誰も来ない?」 「大丈夫だって。俺が保証するからさ。ここの個室は建て付けが悪くて開かねえんだよ」  がん! と男が喪太郎のいる個室の扉を叩く。 「ほらな、鍵がかかっているがここには誰もいない。開かずのトイレさ」 (び、ビビった……。どうやら中に俺がいないと思ってるらしい) 「だからって……ちょっと、何鍵閉めてるのよ」 「ん? 誰か来たらまずいだろ?」 「ちょ、待って……ん、んうう」 「……もう我慢できない。俺はお前を愛してるんだ」 「た、たっくん、ダメっ……んっ」 (な、なんだ?)  喪太郎はそっとかがんで個室の隙間から覗き見る。  見えたのは、絡みあう男女の足。やがて男のズボンとパンツが、そして女ものの白い下着がするりと床に落ち、ちゅっちゅっ、と音がして、リズミカルな男女の喘ぎ声が男子トイレに反響し始める。 (ここは神聖な食事の場だぞ! ふざけやがって……!)  喪太郎は考えた。 この現場を撮影して教師に提出しよう。 アホ二人を退学、少なくとも停学には追い込める。 (俺の取る行動は一つだけだ)  喪太郎はスマホを取り出した。  そして動画モードで撮影開始。便器に乗って個室の上からばれないようにそっと撮影するべく腕を伸ばした。  そうしてからしばらく、同じ体勢が続く。 五分、十分、三十分。喪太郎の腕が痺れ始めた。 (いつになったら終わるんだッ――)  そろそろ撮影を切り上げようと思った時。  どんっ!  行為に励む二人が喪太郎のいる個室のドアにぶつかった。衝撃は、疲れ切った喪太郎の手からスマホをすべり落とすには十分だった。  アンアンマーチの二部合唱が止まる。そして。 「はぁはぁ……何だ、このスマホ」 「いや、なにこれ、動画モードになってる!」 「まさか、『撮影』されてたのかッ⁉」 「てことは、この個室の中に誰かいるの⁉」 (まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい) 「オラ出てこいやぁ!!」 「この変態! 最ッ低!」  ガンガンガンガンガンガン!  ドアが激しく叩かれる。  喪太郎は頭を抱えて座り込んで、ただただ震える。 (ああああああああああ! 誰かッ! カミサマっ! 助けて!) 『……ではでは! 悪魔がお力、お貸ししますっ』  可愛らしいソプラノの声が頭上から聞こえた。 (へ?)  喪太郎が顔を上げると、女の子がいた。  ピンク髪のツインテール少女が、喪太郎を見ている。  漆黒のゴスロリ衣装の少女は喪太郎と目が合うと、にっこり笑う。 (か、可愛い……!) 『はわわっ、いきなり可愛いだなんて……。ですが、そう思っていただけると嬉しいですっ♡』 (どうして俺の考えが――?) 『どうして考えがわかったのか? それはですね、わたしと貴方が繋がっているから――ってそんなことよりも!』  少女は強い意志を感じさせる、真っすぐな瞳を喪太郎へと向けた。  気圧されて、喪太郎は思わず目をそらす。 (なんだ、これは。夢でも見てるのか?)  何もかもが不自然だった。  だが、それらは些末な問題に過ぎない。  喪太郎はそっと目線を上げて少女を観察する。  ――少女は浮いていた。  喪太郎のクラスでのポジションを示す際に使われる比喩表現ではなく、文字通り宙に浮いているのである。  さらに、その背中からは黒い翼が広がっている。  少女はこほん、と咳払いをした。 『初めまして、非女喰喪太郎さんっ。わたしは地獄の悪魔、ウィンリィ・ウィンスキー! ウィンウィンって呼んでくださいね♡』 (あ、ああああああああああくま⁉) 『はわわっ、とりあえず落ち着いてください! 焦らずとも時間は止まっていますからっ』 (え……?)  喪太郎は言われて初めて気が付いた。音がしない。床とドアの隙間から覗くと、固まったように動かない足が見えた。 (本当に止まってる……!) 『では、理解していただけたところで早速「契約」の方に移りましょうか!』 (「契約」?) 『はいっ! 「契約」です』  喪太郎は嫌な予感がした。  彼女――ウィンリィ・ウィンスキーは自らを悪魔だと称した。  悪魔である。  これは間違いなく後で碌なことにならない『契約』。そんな類のものだと今まで読んできたラノベやアニメで学んでいたからだ。 (こ、ここここここ断) 『いいんですか、この状況。詰んでますよ?』 (ぐっ) 『このまま時間が動き出したら、喪太郎さんは間違いなくボコボコにされちゃいます』 (さ、さっさと逃げれば……) 『どうやって逃げるんです? スマホも取られちゃいましたよ?』 (…………) 『現実を認めましょうよ。貴方はもうわたしと「契約」するしかないんです!』  喪太郎は悩んだ。フリをした。  意志薄弱な喪太郎は既に陥落していた。  無駄に一分程沈黙を保ってから、 (わかった。――『契約』する) 『はい、言質いただきましたっ!』  悪魔と名乗った少女――ウィンウィンは満面の笑みを咲かせたと思うと、いきなり喪太郎の腕を取り、右手の中指に指輪をはめた。 『これはわたしと喪太郎さん――マスターを結ぶ「契約」の証ですっ』 (俺はこれからどうなるんだ?) 『それはわたしにもわかりません。ですが、能力が使える筈ですっ。その指輪から、マスター、貴方だけの能力が!』 (能力だと? それはいったい――)  ドガン!  瞬間、トイレのドアが破壊された。  目の前に立っているのは屈強な男だった。見るからに体育会系だ。既にズボンを履いている。そしてその影から黒髪ロングの清楚風な女子がスカートを抑えながらこちらを睨んでいる。  男はボキボキ、と拳を鳴らしてにじり寄る。 「てめえ、覚悟できてんだろうな」  そして、拳が喪太郎の顔面めがけて振り下ろされる。  その刹那、喪太郎は自らの能力を理解、発動していた。 (「終焉のカタストロフィーー」)  喪太郎の中指のリングから放たれた鼠色の波動が、男と女に注がれた。  だが、男のパンチが止まることはなく。  喪太郎は目の前が真っ暗になった。  目を覚ますと、トイレの床だった。 (いててて、確か俺は殴られて――)  鉄の味がした。  窓からオレンジ色の光が差し込んでおり、床の血だまりを照らしていた。  それから、やけに寒い。 『おはようございます、マスター』  振り向くと、トイレの隅でウィンウィンが叱られた子どものように佇んでいた。 (……いったいどうなったんだ?) 『はい、それが、その……』  ウィンウィンは申し訳なさそうに、顔を赤くして目をそらしながら言う。 『マスターは殴られて気絶。スマホは粉々に壊されてから、トイレに流されました。それから――』  ウィンウィンは明後日の方向を向きながらこう言った。 『マスターは裸にひんむかれてあられもない写真を撮られ、学校中にばら撒かれました』  喪太郎はトイレの床に放置されていた衣服を着ると、教室へ戻った。  既に下校時刻は過ぎていたが、残っていた何人かのクラスメイトが憐みの視線を喪太郎へと向けた。  彼らはただ気まずそうに目をそらすのだった。  喪太郎は引きこもりになった。 第二章 能力 『マスター、おはようございます!』  朝。喪太郎が目覚めると天使のような笑顔。 (な、なななななななんでここに) 『わたしはマスターと契約しましたから! この先ずっと、マスターが死ぬその瞬間までお供しますよっ』  末永くよろしくお願いしますっ。  ウィンウィンは深々と悪魔らしくない丁寧なお辞儀をした。 (そういえば、あれからずっと俺の後を付いてきていた。それどころじゃないから気にも留めなかったが――そうだ、俺は、もう学校に行けないんだ) 喪太郎は昨日の出来事を思い出し、死にたくなった。 (いったい君はなんなんだ? まったくわからないぞ! それに、契約したのに能力は発動しなかったし――) 『そうですね、今から説明しましょう。ですが、その前に――』  ウィンウィンは喪太郎の毛布をはぎ取った。 『こっちを見てくださいっ! どうしてわたしの顔を見るなり毛布を被って隠れるんです?』  喪太郎は女子と顔を合わせることすらできないほどに陰キャだった。  ウィンウィンの説明を受け、喪太郎は思考を整理する。 (つまり、こういうことか。君たち悪魔は世界の破滅を目論んでいる) 『はいっ』 (そして強力な波動を持つ人間と契約し、能力を与える) 『そうですっ』 (能力者となった人間はその力を使って世界を破滅させるべく活動する――) 『がんばりましょうね! マスター!』 (断る) 『ええっ⁉ そんな、どうしてですか?』 (俺に何のメリットもない) 『ですがこのわたし、ウィンウィンと契約したじゃないですか!』 (あれはあの状況を離脱するためだ。なのに、結局意味なかった。能力は発動しなかった。俺はこのまま退学するしか――) 『いえ、能力は発動してますよ?』  ウィンウィンが謎のドクロ型デバイス――平たく言うとタブレットを取り出し、画面を喪太郎へと見せる。 『この動画、見てください』  それは喪太郎がよく訪れる、親の顔より馴染み深い「セックスビデオズ」という動画サイトだった。 (これは……⁉)  再生されているのは、高校生の男女の行為。  見覚えがある。屈強な男と、清楚風な女。 はっきりと顔は見えないが、間違いない。  映像は約三十分。  そして、安息の地だった場所が映し出されている。 『これはマスターが撮影した映像です』 (なぜだ? 俺は投稿していない。いったい誰が……)  それに、スマホは破壊された。ウィンウィンは確かにそう言った。 『投稿したのは、この映像に映っている彼です』 (なんだって⁉ どうしてそんなことを) 『マスターの能力が発動したからですよ』 (俺の能力⁉ それはいったい――) 『「終焉のカタストロフィーー」』 (⁉) 『マスターが発動する瞬間、脳内でそのように唱えていました。覚えてません?』 (そういえば……! だが、何も起こらなかったぞ? 俺は殴られて裸の写真を撮られて晒された) 『いえ、確かに発動しました。その結果がこれなのですっ』  動画を再生させるウィンウィン。昨日壁越しに聞いた嬌声が端末から聞こえる。 (まったくわからない。どうして俺の能力で、この男が動画を世界にさらす必要がある?) 『それは――「終焉のカタストロフィーー」は――カップルを別れさせる能力なのですっ』  ウィンウィン曰く。  男は喪太郎を殴りながら、女と別れようと決意した。  そして、女も同様に、男と別れることを決めた。  理由などなく、ただ別れようと思ったのである。  すべては喪太郎の「終焉のカタストロフィーー」が発動した結果であった。 (いや、別れたのはわかる。けど、動画が流出する意味がわからない) 『それは単に、彼は別れた女性との映像をネットに晒すリベンジポルノマンだったというだけのことですっ。きっとマスターのスマホを破壊する前に映像をアップロードしたんだと思いますっ』 (なるほどね)  納得した時だった。 「喪太郎! 起きなさい!! 遅刻するわよ!」  ママが喪太郎の部屋に入って来た。  そして、いつものように、何事もないように。  ウィンウィンには目もくれず、 「朝ごはんできてるからさっさと降りてらっしゃい」  部屋を出て行った。 (どういうことだ? 君の姿がママには見えていない?) 『はわわっ、言うのを忘れてました。悪魔であるわたしの姿が見えるのは、契約者であるマスター、貴方だけなのです』 (俺以外には見えないのか?) 『ええ。ですが、契約者は別です。喪太郎さんのように悪魔と契約した人間にはわたしの姿が見えます』 (俺以外にも契約者がいるのか) 『はい。ですがお互いに干渉することは基本的にないと思いますよ。みんな世界の破滅という目的は同じですし、選ばれるのは陰キャばかりなので他人と群れることすらできませんしねっ』 (なるほどね) 『で、これからマスターはわたしと一緒に世界を破滅するべく動いてくれるんですよね?』 (断ると言っただろ。メリットがない) 『そんな~! 契約したじゃないですか~っ』 (知らないな。俺はこのまま退学してニートコースを歩むんだ。人生終わ――) 「はっくしょん!」 『はわわっ、もしかして風邪ですか? これはいけません、病院に行かなくてはっ』 (その必要はな――) 「っくしょん!」  喪太郎は渋々家を出た。風邪をひいたので学校を休むと言うと、ママは何も言わずに五千円札を彼に渡した。 『マスター行きつけの病院は駅前ですよね』 (どうして知ってる?) 『マスターのことはたくさん調べましたからっ』  ウィンウィンは偉業を成し遂げたとでも言いたげに、誇らしげな表情で喪太郎を見た。 (どうして俺なんだ? 世界を破滅させたいならもっと適任がいるだろ) 『説明したじゃないですか。わたし、マスターは強力な波動の持ち主なのですっ』 (波動って言われてもわからんのだが) 『いいですか、マスター。波動というのはつまり、「陰力」のことです』 (「陰力」? 何だそれ) 『簡単に言うと、女子力と同じようなものですねっ』  ますますわからない喪太郎だったがとりあえず頷く。 『マスターはその「陰力」がとっても凄いんです』 (なるほどね。ちなみに、どれくらいだ?) 『世界四位です』 (はぁ? そんなわけあるか。俺より陰キャな境遇の奴はもっといるだろ) 『境遇だけ見ればそうでしょうね。ですがマスターのねじ曲がった性根は、そういった悲惨な方々と比べても勝ります。わたし、マスターと契約できてとっても幸せですっ♡』 (まあ、俺が陰キャということは認める。だが、性格はいい筈だが?……ん、あれは)  小学生たちが登校しているのが見えた。ランドセルを背負っている彼ら彼女らを目に思い浮かぶのは、懐かしいあの頃の情景――などではなく。 (クソが)  もはや反射的な仕草となっている舌打ちをして、(小学生たちには聞こえないように)喪太郎は小石を蹴飛ばそうとした。が、空振り。  しばらく歩くうち、二匹の猫が喪太郎の前を横切った。  猫たちは身を寄せ合いながら路地裏へと消えて行った。 (クソが)  ゴキブリの死体が身を寄せ合うのが見えた。 (クソが)  ウィンウィンはそんな喪太郎を見て目を輝かせる。 (なんだよ) 『動物だけでは飽き足らず、害虫にまで嫉妬するなんて。さすがですっ』 (嫉妬じゃない。ムカつくだけだ) 『ところでマスター』 (どうした?) 『どうして念話しかしてくれないんですか? せめて誰もいないところでは声を出してお話ししましょうよ~。それに、結局一度も目を合わせてくれませんし……』  喪太郎は女子と直接話すことすらできないほどに陰キャだった。  病院の帰り。喪太郎の肩を後ろから叩く者がいた。 「非女喰。久しぶりだな」  知っている声に顔を上げるとそこにいたのは、同じ中学の岩崎だった。 「……ひ、ひっひっ久し……り……」  喪太郎はかつての友人、といっても、卒業後は何の絡みもないのでそう思っていたのは喪太郎だけなのかもしれない。彼を見て驚愕した。  かつて同じ陰キャグループに所属していた岩崎は、見た目からすっかり変わっていた。黒く目までかかっていた髪は明るくなり、短くさっぱりしている。  そして自信に満ち溢れた表情。  陽キャだ。 「最近調子どうよ?」 「あ……ぅん…………」 「そうか、相変わらずそうだな。学校はどうしたんだ?」 「……風邪で……ゃ……すんだ……」 「そうか。俺はサボりだ」 「………………」  無言。 「これから彼女と二人で映画行くんだよ」 「…………」 「彼女はいいぞ、ほんとに。人生感が変わった」  岩崎は悠々と去っていく。自信に満ち溢れた後ろ姿だ。今すぐ蹴り飛ばしたい。 『同じ中学出身の岩崎さん……すっかり別人ですね』 (…………) 『彼の「陰力」は高校に上がって以来、急激に低下しています』 (すると奴はリア充になったということか……!) 『ねえ、マスター。いいんですか? このまま見逃して、彼は学校サボってデートに行くんですよ? そんなの、到底許されるべきではないのでは?』 (……) 『マスター、わたしを見てください。顔を上げて、わたしを見て』  喪太郎は昨日のトイレ以来、悪魔の顔を見た。  真っ赤に腫らした瞳が、涙を流している。 (どうして、君が泣くんだ……?) 『わたしたちは繋がっています。マスターの悲しさは、よおくわかります。伝わってくるんです』  喪太郎の拳に自然と力が入る。 『マスターはこんな悲しみをいつも抱えていたんですね』 (……ウィンウィン。君を泣かせないために俺はどうしたらいい?) 『マスターが笑顔になればいいんです』  喪太郎は答えた。 「わかった」  喪太郎は岩崎に向けて腕を伸ばした。  恨みを込めて、中指を立て、リングから鼠色の光を放出させる。 「――――「終焉のカタストロフィーー」!」  喪太郎の波動が、岩崎を直撃する! 『さあ、彼がこの後どうなるのか観察しましょうっ!』  岩崎は駅前に着くとしばらく壁にもたれて誰かを待っていたが、やがて現れた女子――に対して開口一番、何かを告げた。そして、驚く女に踵を返して立ち去ろうする。食い下がる女、去ろうとする岩崎。  しばらく押し問答が続いたが、女のビンタが岩崎に炸裂し、終局を迎えた。 「これが俺の能力……「終焉のカタストロフィーー」!!」 『マスター、貴方の力で世界中のリア充カップルを破壊しましょう!』  ウィンウィンが翼をはためかせて喪太郎の頭上を飛んで回って、嬉しさをアピールしている。 「ああ……やってやる。世界中のリア充を破壊するッ! そして、この世界に革命をもたらす! 陰キャがトップに立つ! 陰キャが許される世界を作るッ!」 喪太郎は笑う。 ウィンウィンも笑った。 二人は一緒になって、いつまでも笑い合っていた。 非女喰喪太郎の革命はこうして始まった。 第三章 リア充  非女喰喪太郎が初めて能力を行使して以来、一年が経った。  彼の住む街では、急激なスピードでリア充が激減し、その範囲はさらに外の街へと拡大しつつあった。 『マスター、トンボが交尾しています!』 「――破局せよ!「終焉のカタストロフィー」!)」  トンボは別れてどっかに飛んで行った。 「ふう、ウィンウィン。だいぶリア充を減らすことができた。あとどれくらいで世界からリア充を絶滅することができる?」 『はわわっ、マスター。このペースだと――あと五十年でようやく日本国内を制圧、といったとこでしょうか』 「なに、それはいささか時間がかかりすぎる……!」 『地道にゆっくり、頑張りましょう! わたし、マスターといられて幸せですから!』 「ありがとな、ウィンウィン。これから頑張って世界を破滅しような!」 『はいっ! あっあそこにもリア充がいます!』 「よし、リア充爆発しろ! 喰らえ、「終焉のカタストロ――」  どがーん! リア充が爆発した。 「な、なに⁉ どういうことだウィンウィン」 『この陰力反応は――⁉』  爆風の中からシルエットが浮かんだ。豚のような姿の男が、喪太郎、そしてウィンウィンに憎しみを込めた双眸を均等に向けた。 「何者だ、貴様」 「ワイか? 名乗るほどのもんちゃう。ただの契約者や」  男はそう言うと、転がるリア充の肉片を蹴っ飛ばす。 「だが、あえて名乗るとするならば――そう、『リア充殺し』やな」  その男の瞳は泥の如く澱んでいて、何も映してはいない。 「ワイの能力は「ライト・陰・ワールド」。リア充を爆発させる」  男は中指を喪太郎に向けた。 『まさか貴方っ⁉ マスターっ! 逃げてください!』 「もう遅いで」  男が手をかざした瞬間、中指のリングが黄土色の輝きを放ち、非女喰喪太郎の人生は終了した。 エピローグ  あー、リア充しね。死ね。  仲良さそうに話しやがって。なーにが『リア充爆発しろ!』やねん。お前みたいな恵まれた人間が軽々しく使ってええ言葉ちゃうぞ。  せっかくワイと同じく悪魔と契約したやつを見つけたから仲間にしようと思ったら、あんな可愛い悪魔といちゃつきやがって。ワイの悪魔は契約するなりどっか行って二度と現れへんのに。  やっぱ顔なんやな、人生は。 『そんなっ、マスター! マスター!! あなた、マスターに何を――!』  今さっき爆殺した男の契約した悪魔か。肉片に縋って泣きやがって、惨めやのお。 「ぴーぴーやかましい悪魔やな。お前のマスターは死んだんや。わかっとる筈やで。さっさと地獄に帰ってマスターと一生いちゃついとけや。二度と現れんなボケ」 『くっ……!この恨み、忘れません』 「勝手にしろや」  ピンク髪の頭の悪そうな悪魔はそう言い残すと姿を消した。  後に残るのは、冬の到来を思わせる冷たい秋の風だけ。  世界は不平等や。  リア充になりたい。せめて女友達が欲しい。 そんな儚い願いすら、ワイは諦めた。 「だからワイがこの世界の全てのリア充を殺す」 完
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加