水口、神川、高城。始業式

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水口、神川、高城。始業式

 桜の花が散り、葉っぱがつき始めた。葉桜、って言ったっけ?春休み中ずっとアメリカに留学していたので、久しぶりの桜が満開でなかったのは残念だ。登校中に見た桜の木は、とても落ち着いているように見えた。あたし、葉桜のほうが綺麗なのよ。まあ、あいにくの曇り空だけど。  当然、わたしは落ち着いてない。小学校最後のクラス替え、修学旅行や最後の運動会…『最後』と付くイベントの命運が今日、決まってしまう。  身長が伸びたのか、学校が少し小さく見えた。でも、ハルちゃんは相変わらずだった。 「おはよー、ハルちゃん」 「リンー!」ハグしてきた。 「毎回毎回、なんでこんなに甘えん坊さんなんだろうね」 「いーじゃん、甘えたって」 「そりゃそうだけど、中学になったら、その甘えグセなんとかしてよね」 「わかってるって、それぐらい」 「…本当?」 「ホントホント」 「嘘でしょ」 「げ!なぜバレた⁉︎」 「嘘ついたときの口癖だよ。『ホントホント』てハルちゃんが喋るの」いつもより2音高く。 「そうかー。じゃ、気をつけよっと」 「じゃあ、新クラス、見る?」 「見る!」ハルちゃんと同じクラスだった。 「やった!ずっとリンと一緒だ!」ハルちゃんは、わたしの左で、大はしゃぎ。軽く飛び跳ねてさえいる。 「これで、六年間同じクラス、だっけ?」二、四、六年にクラス替えはない。 「九年間、だよ!」 「幼稚園のときも入れてる?まあいいけど」  わたしのクラスに、転校生がきた。 「高城です」早口でそれだけ言うと、足早に彼女の席に座った。ずっとうつむいていたので、どんな顔かわからなかった。  転校生マジック、って一度は聞いたことはあるだろう。いわゆる、新しく来た子が可愛かったり、カッコ良かったりする現象だ。だが、それにオレが引っかかったことは一度もなかった。  理由は単純だ。アニキがイケメンすぎて、連れてくる彼女が軒並み美女なのだ。当然そっちに、叶わない恋をしていたので、クラスの女子に惚れることは全くなかった。  そんな高嶺の花が、同学年に、現れてしまったのだ。  あれは、忘れもしない、小五の春だ。新しいクラス表が下駄箱に貼り出され、また誰々と一緒だった、とか。同じクラブのあいつとは一度も同じクラスになってないな、とか。そんなことを考えていた。  自分の名前を見つけ、同クラスの人を確認していると、見慣れない名前。女子の名前だった。  彼女はオレの左隣の席だった。黒板の前に立ち、「高城です」とだけ言って、オレの隣に座った。 「…高城さん」一応話しかけてみたが、全く反応はなかった。それでも、「どこの小学校から来たの?」と話しかけ続けた。しかし、 「…言いたくない」と言ったきりだった。後の質問は無視され続けた。  久しぶりに、学校に行ってみた。前の学校は、事情があって行けなくなったので、転校せざるを得なかった。  夏休みよりも長いあいだ引きこもっていたので、その笑い声と、春だというのに眩しすぎる教室に、恐怖を覚えた。  自己紹介も必要最小限で済まし、指定された、部屋の中で唯一空いている席へと移動した。途端に、 「…高城さん」と声が聞こえた。それの主は隣の席の男子。名前は覚えているわけがない。 「どこの小学校から来たの?」 「…言いたくない」私はぶっきらぼうに伝えた。 「前の学校って都会?田舎?」 「…」 「好きな教科は?」 「…」 「何か習い事ってしてた?」 「…」 「…そっか」彼は私との接触を諦めたようだ。  そのまま先生の話が終わり、教室が騒がしくなった。隣の彼は直ぐに立ち上がり、他の男子たちの集団に入っていった。 「どうだ?神川。あの転校生は」ん?神川!? その聞き馴染みのある苗字に、私は動揺した。鳥肌が立ち、ポカポカとしている筈の室内で、寒気を覚えた。 「ねえ、高城さん」ハルちゃんと一緒に、話しかけてみた。 「え!え、え!えっと、水口(みなくち)さん?あと、久代(くしろ)さん?ど、どうしたの⁉︎」 「高城さんって、どこから来たの?」 「え、えっと…」 「あ、無理だったら、ごめん…」 「アメリカ!アメリカから来たの!」 「高城ちゃんって帰国、あれ、なんだっけ?」ハルちゃんが口を挟んだ。 「帰国子女だよ」わたしは返した。 「そうだった!キコクシジョなんだ!」 「まぁ、そうだね」さっきまでとは違い、高城ちゃんはスラスラとしゃべった。 「じゃあ、英語しゃべれる?」 「…ごめん。無理なの」 「え…」ハルちゃんにとって、帰国子女は、英語が話せる人だったらしく、驚いた顔をしている。 「学校の中、あんまり知らないよね?」気まずい雰囲気だったので、わたしは本題に入った。 「よかったら、わたしたちが案内してもいい?」 「あ、えっと、そ、その…」高城ちゃんはしばらく黙っていたが、 「…いいよ」ボソっと答えた。  オレは、高城と仲良くするのを諦めて、男子グループに入っていった。 「神川さあ、あの転校生に惚れた?」ちなみに、オレの名前は、神川だ。 「それはない」と、適当に受け応えしていると、 「嘘だ!だって話しかけてたじゃん。会話してたじゃん」 「オレはみんなと仲良くなりたいんだよ」それは本音だ。損なことはないからだ。 「全員にモテたいの!」ハハハ、と男子が笑った。だが、オレはそれに構う余裕はなかった。水口と久代のガールズコンビが、高城の、鉄壁のガードに挑もうとしてたからだ。  オレはその三人を凝視していた。しかし、間に男子グループ一同が居座っていたので、良く見えない。隙間を探すと、自然とchoo choo TRAIN になっていた。 「やっぱり好きじゃん!」男子の冷やかしは自然と気にならなくなっていた。だが、それのせいで、三人が何と言っているかわからなかった。それでも、会話が成立していたのは確かだ。  定点観察を諦めたオレは、水口たちが動くのを待った。数秒としないうちに、三人は立ち上がり、揃って教室を出た。もちろんオレは尾行しようとしたが、 「水口?久代?高城?」 「誰が好きなのか!」 「それとも…全員!」うるさい男子がすぐそばにいることを思い出した。 「あ!あそこにUFOが…」窓の外を指して、叫んだ。そのまま、教室から逃げ出した。  水口と久代が学校案内をしてくれるらしい。本当は二週間前に、担任の先生に連れられて大体は理解したのだが…友達付き合いというやつだろう。 「はい!そうと決まればチャチャッと行こう!」久代が急に手を引っ張り、私を連行する。その弾みで机に腿をぶつけた。大した痛みではない筈だが、身体をぶつけたのが久しぶりでで「く…」と、うめき声を少しあげた。 「ハルちゃん!そんなに乱暴にしないで」水口は見た目の通り、大人だ。年齢はもちろん十歳だが、物事の分別がついている。人生経験がきっと豊富なのだろう、そのうち、良いお嫁さんになれそうだ。まあ、私の方が大人だけど。 「ごめんね〜」久代だ。 「大丈夫、気にしないで」  ここまでくれば、もう諦めるだろう。トイレの、一番奥の個室に入り、オレは独りごちた。束の間、 「神川くんたち、うるさかったよね」 「ホント、なんで男子って、あんなにうるさいんだろうね」大沢真奈(まな)と奥野美琴(みこと)だ。このとき、オレがとっさに息を潜めたのは、良い判断だった。だが、どうやって女子トイレから出よう。 五年生になって早々、ヘンタイとは言われたくない。だが、ずっとここにはいられない。仕方がないので、しばらくそこに座っていた。 すると、「え!高城ちゃんって、怖い話怖くないの!」久代の声が聞こえてきた。 「ま、まあ、そうだね」高城が答える。オレは、この三人が出たら、そのまま付いていこう、と決めた。 だが、いくら待っても出る気配がない。既に、三人はトイレの外にいるような気もした。なので、ちょっと出てみ… 「ええと、何時までここでいるの?」水口の声が、突然聞こえた。オレのことを言われたのかと思って、身構えたが、 「真夜中になるまで、かな」高城が応えたようで、安心した。 「多分、無理だと思うよ」水口は、オレに気づいていないらしく、そのまま続けた。 「なんで?」と、高城。 「警備員さんが来ちゃうからね」 「そ、そうか…」高城は、一呼吸おいて、「アメリカには、そういうの、なかったと、思う、から」おどおどと応えた。 「やっぱり、キコクシジョって、そーゆーものなんだ」久代が言った。 「高城ちゃん、大丈夫だよ」と、水口。 「え?どうして?」 「この学校はフェンスが破れてるとこがあって、そこからいつでも入れるの」 「そうなの⁉︎」高城に言ったはずが、久代のリアクションが大きすぎる。 「だから、一旦帰ろうよ」という水口の提案に、後の二人は応えた。  三人が、トイレから出たタイミングで、オレは女子トイレから脱出した。どうやら、命名『ヘンタイ』トラップは回避したようだ。 教室に、荷物を取りに帰ると、 「キスした?」などなど、男子の邪魔声トラップが聞こえてきたので、無視して帰った。
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