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水口、高城、神川。夏。そして、夜の学校
わたしたちと高城ちゃんは、馬が合った。校内のクラブ活動は、全員、一緒のスポーツクラブに入った。昼休みはずっと一緒にいたし、休日は三人でよく遊んだ。公園や買い物に行くことが多いけど、ハルちゃんの家で遊んだこともある。
夏休み、わたしたちは林間学校に行った。高城ちゃんは行けなかったけど、それでも、楽しかった。
やっぱり、この三人がいいと、改めて思った。
楽しかった夏休みが終わり、九月と共に、二学期がやってきた。
始業式の日の放課後、「林間学校、楽しかった?」高城ちゃんが話し出した。最初はあんなにオドオドしていたのに、今では堂々としている。そのクールさに、女子のわたしでも惚れそうになる。
「まあね」ハルちゃんが応えた。
「男子とかって、どんな話してるんだろう」宿でのことかな。
「誰がかわいい!とか、今日は寝ないぜ、とかかな。あ!あと、怪談もしてた!」
「ハルちゃん、それ、誰から聞いたの?」高城ちゃんが興味津々と尋ねた。
「神川だけど。行動班で一緒だった」
「怪談の話、どんなこと言ってた⁉︎」
「ここが墓地だったとか、あの窓に映ってるのが幽霊だとか。沢山話してた」
「もっと教えて!」
「いいよ!」それから、かなり多くの怖い話が出た。ところが、「…近くの窓から、落とされるんだって」とハルちゃんが言うと、
「…私、保健室に行ってくる」そう言って、小走りで向かった。慌てて追いかけ、高城ちゃんに付き添っていたけど、「もう三時だし、遅いから、あなた達は帰りなさい」と保健室の先生に言われたので、仕方なく、引き上げた。
「高城ちゃん、大丈夫かな」わたしは思わず呟いた。
「だいじょーぶだよ!きっとさ」
「そういえば、あの怪談。突き落とされるやつ。本当?」
「ホントホント」
「ひっ、く、クソっ…」男子トイレの個室の中から、あまりにもか細い声が聞こえてきた。そして、間髪入れずに、ドアが開いた。私はとっさに隠れたが、中にいた男子は消えそうな声で、まるで私がそこにいるかのように喋った。
「そ、そこのお前、ただでしゅみゅ…やべ、噛んじまった。ええい!ただで済むと思うにゃ!あぁ!また噛んじゃった…」明らかにビビっていたが、可愛かったので、聞き耳を立てていた。
すると突然、体が浮き上がった。そのまま、三階の男子トイレの窓から、宙を舞った。
足から外に出されたので、一瞬だが、顔は見えた。
神川の、顔だった。
しばらくは、席替えは行われない。つまり、高城と話す機会が沢山ある。
もちろん、それを無駄にするオレではない。事あるごとに、高城にアプローチした。社会でグループディスカッションをするときも、給食中でも。道徳のビデオを見るときだって話しかけた。帰り道を尾行したこともある(毎回撒かれたけど)。
それでも高城の戸は開かなかった。
何回もトライアンドエラーしてきて、分かったことが一つだけある。高城は、明らかにオレだけを避けているのだ。
頑なにオレと会話しないのは、始めは男子を避けているからだ、と考えていた。しかし、オレがよく遊んでいるヤツらとは、ある程度は話していたのを、見つけてしまった。
普通は、嫌われている、と思うべきなのだろうが、高城はツンデレで、オレを好きだから無視している。そんな妄想までした。
とにかく、オレは高城に惚れていた。
なので、というと少し変だが、高城と仲がいい、久代と同じ班にした。班と言っても、夏休みに林間学校があり、町巡りのときの行動班である。
行動開始後すぐに、久代から、
「リンから、聞けって言われたんだけど…」リンとは、水口のことだ。
「高城ちゃんのこと、好きだよね!」
「…」図星だった。
「「やっぱりか!」」同じ班の男子二人が、ボーイソプラノで合唱した。
「…高城ちゃんは可愛いもんね」大沢は何故か、少しだけ上から目線で言った。
「認めたってことでいい?」久代が聞いてきたので、「…まあな」と答えた。
「もー、素直じゃないんだから」久代まで上から目線なのは気にしないでおこう。
「じゃあさ、その、高城の好きなこととか、教えてくれよ」一応聞いてみた。
「それが人に頼むタイドかな?」久代はまだ偉そうな口調だ。
「高城の好きなこと、教えてください」
「よかろう」急に古文チックになった。
「おぜんざいとか、かき氷とか。あと、本が好きって言ってた」
「ジャンルとかはわかります?」
「タブン、怖い話とかかな」
「どんぐらい好きですか?」
「ケッコー試してるみたいなんだよ。夜中に学校に行ってね」
「じゃ、じゃあさ…」オレは少し考えてから、「この話、高城に教えてくれませんか」と言った。
「んーいいよ」快諾してくれたので、よかった。
そんな訳で、今オレは三階の男子トイレの手前から三個目の個室にいる。高城がきっと、この怪談を試しに来るから、出てきたときに、告白しようと思う。
気がついたら、ドアはノックされ、その音は止んだ。多分オレは寝てしまったんだろう。そして、多分高城がドアの向こうにいる。オレは静かに三十秒待とうとした。だが、
「ろくじゅういーち、ろくじゅうにー…」なんて急に大声を出された。少し驚いて、便座がガタっと鳴ったが、その声は確かに高城のものだ。大丈夫、オレはちゃんとコクれる。
それでも、「ひゃく!」なんて、盛大にで叫ばれたら誰でも、ひっ、と思わず言ってしまうだろう。オレもそうだった。
ひっ、く、くそ。後から気づいたが、このときのオレはプロポーズモードなどではなく、ただの戦闘モードだった。
ドアを開けると、そこには、高城がいた。というのは幻想だった。
小三のような見た目で、彼女は和服を着ていた。髪型は、いわゆる、おかっぱだが、ハサミの切れ味が悪かったのだろうか、前髪が揃っていなかった。また、何故かは知らないが、向かって左の髪に、ボリュームがなかった。
そして、彼女は空中であぐらをかいていた。
間違いない。彼女は、幽霊だ。向こう側が透けているのも、決め手の一つだ。
それに、あの幽霊に見覚えがあった。美術室にいた幽霊だ。
あれは、忘れもしない、小学校二年生のときだ。オレは小学校の創立八十五周年記念で、高学年の人がクラス単位で行う出し物に参加したり、クラブごとの企画で遊んでいた。
オレはそのとき、友達数人と一緒に、美術クラブで粘土体験をしていた。何を作ったかは覚えてないけど、そこにいた人、いや物を見つけてしまったことははっきりと記憶している。
それは、モナリザの隣に座っていた。いや、浮いて《・・・》いた。しばらくそれを見ていたが、友達も、先輩、先生までも気づかなかった。
この事件を理解してくれたのは、アニキだけだった。
アニキが教えてくれたのは、オレが、幽霊を見ることができる家系に生まれたこと。少なくとも、曽祖父の代から見えるらしいこと。それぐらいだ。
「実は俺も、その幽霊見たことあるぞ」アニキもオレと同じ小学校に通っており、やはり見たらしい。
「で、美術室にいただろ?その幽霊」
「そうだけど」
「…やっぱりか」それだけ言って、黙ってしまった。
どうやら、幽霊が見えるのは、オレの家族以外にはいないらしかった。隣の席のクラスメートに、あそこに幽霊見えるか?としょっちゅう聞いていたが、誰に聞いても『見えない』の一点張りだった。
流石にキモがられるので、あの幽霊のことは、小学校三年生の頃に人へ話すのをやめた。アニキを除いて。
アニキもその幽霊に会ったことがあるそうで、色々なアドバイスをもらっている。その幽霊はおそらく地縛霊で、美術室にしか居られないこと。人と仲良くはしそうにないこと。美術準備室には移動できること。基本的にはそこにいること。
また、オレ自身も観察、研究した。壁はすり抜けられること。性別はおそらく女性であること。授業中は不定期だが、掃除のときには必ず、美術室に居座っていること。大人のイケメンが好きなこと(大学から来た実習生には首ったけだった。男のオレでも惚れた)。
ここまではいけたのだが、会話はまだ成立していない。というか、無視され続けている。
卒業するまでには、知り合い程度の仲になりたいな。なんて、頭の片隅で考えていた小学五年生のとき、美術室から幽霊の姿が消えた。
除霊でもしたのだろうか。あるいは、無念が無くなったのか。もちろん、考えても答えは出ないことは分かっていた。それよりも、目先のことばかりが気になっていた。
幽霊が見えるオレにも、恋はできるから。
狂戦士と化したオレは、「そ、そこのお前、ただでしゅみゅ…やべ、噛んじまった。ええい!ただで済むと思うにゃ!あぁ!また噛んじゃった…」前言撤回しよう。狂戦士になりかけたオレだ。正直、ビビっていた。それに、彼女のあぐらで、男子たる者、見ちゃいけないものが見えていたからだ。オレにも、紳士っぽいところはある。
すると、彼女が投げ飛ばされた。投げ飛ばしたのは、オレの兄だった。
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