イルカ座の少年

7/9

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 いよいよ男子100m自由形、決勝が始まる。  会場にホイッスルの音が響き渡り、選手全員が飛込み台の上に登る。  飛び込むまでの、ほんの少しの間。  この時間に見える水面が、飯塚は大好きだった。 「ピッ」  無機質で洒落っ気のない電子音と共に、一斉に男たちがプールに飛び込んだ。  頭から勢いよく水しぶきを上げ水面に潜り込む。 「さぁ選手一斉に飛び込んだ」  実況の男の声が聞き取れるのは、いつも潜水している時のこの部分だけだ。  水面に浮かんできたあとは水飛沫と自分の鼓動で、もう何も聞こえやしない。  120%。120%出し切るんだ。  腸の中が全部出てしまってもいい、ひっくり返ってしまってもいい、これで引退になってしまってもいい。  尻から空気という空気をドンドン吹き出し、加速をつけ続けていく。  50mのターン。歓声が一気に沸き起こる。  一瞬、コーチの声が聞こえたような気がしたが、すぐに水飛沫と自分の鼓動でかき消された。 ——残り25m。 「星座絵だと全然可愛くないけど」 ——残り10m。   「私、夏の大三角よりもアルタイルのすぐ横にあるイルカ座が好き」  そうだ、夏の大三角ってアルタイルとデネブと、なんだっけ?
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加