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イルカ座の少年
少年は水泳が大好きだった。
小学校の時のひんやりと冷たく塩素くさい洗体槽で、先生の許可が下りるまで友達と騒ぎながらプールに入るまでのあの待ち時間。
少しずつ伸びていく25mのタイム。
ブールの後に真っ赤になった目を、まるで失明するんじゃ無いかっていうほどの強い水圧で洗うあの水道。
多分、そういうのを全部含めて水泳が大好きだった。
小学3年生の頃から地元のスイミングスクールに通ってはいたが、誰かと競って泳ぐよりも、ただひんやりとした水の中にいるのが好きだった。
そんな少年に変化が訪れるのは、小学5年生の時。
「私、夏の大三角よりもアルタイルのすぐ横にあるイルカ座が好き」
林間学校で夜の星座をみんなで見ている時に、隣の少女が小さく呟いた。
「星座絵だと全然可愛くないけど、夜空で見ると自由に泳いでる様に見えるから好き」
この小さな呟きが少年を変えた。
一番自由な場所で、一番になる。
単純な少年は自分の居場所を100m自由形に定め、ただひたすら毎日毎日泳ぎ続け、体が青年に変わっても心はいつまでもイルカを追い求めた。
そしてそれまで無名だった青年は高校三年生の時、インターハイで見事2位に入賞し「飯塚」の名を全国に広めることになる。
その後は体育大学に進学。4年間、自由形のみをひたすらに泳ぎ込み、更に効率の良い泳ぎ方を追求した。
ジャパンオープンでは惜しくも2位だったが、東アジア競技大会では100m自由形の日本代表にも選抜され、決勝戦で自己ベストを叩き出したことで「飯塚」の名は水泳界で確固たるものになる。
しかし、そこでも結果は2位だった。
「無冠の飯塚」
それでも飯塚隆は、確かに人生のすべてを賭けていた。
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