序章

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序章

『はぁ、はぁ、はぁ……っ』  深夜帯の森の中、夜行性怪物に遭遇する危険も顧みず一人の女性が紺色のローブを纏って獣道を走り抜ける。時折得体の知れぬ生物の鳴き声がこだましているが、それを一切気にすること無くひたすら走る、走る、走る。  普段の彼女であればこんな場所に入るなど恐くてできなかっただろう。しかし今はそのようなことを言っていられる状況ではない。ほんの数時間前まで平穏だった我が町が、いきなりテロ集団に襲撃されてしまった。  彼女──いか・ぼっこは現在妊娠しており、本来であれば走ること自体危険な行為だ。それでもお腹の子を守らねばという母性と、町の人たちの配慮で真っ先に逃がしてもらえた恩義にも応えたかった。 『この子は宝の子となろう』  懐妊した時から彼女と胎児は町全体を上げて大切に守られてきた。この緊急事態の中で役場職員は彼女に難民ビザを発行し、どこの国でも受け入れ可能にになるよう手配した。  ここで死ねばこの子も死んでしまう。生きる! 何があっても生き抜いてみせる!  体は疲れ切っており、郷を脱出してから水すら口にしていない。気力と郷の名産である鉱石のお陰でどうにか動けている、そんな感じだった。  光?  走り続ける彼女の視線の先に小さな光が見える。一瞬怪物の目が光っているのかと肝を冷やしたが、トンネルのようになった森の出口の向こうにあるので見知らぬ街の灯りと推察した。そう考えると希望が見えてくる、ぼっこは最後の気力を振り絞って真っ暗な森林を抜け出した。  もう少し、あと少し!  ところが試練はそれで終わらなかった。彼女は数名の野盗に囲まれ、行く道を阻まれた。昼間襲撃してきたテロの一味か? 逃げられないなら戦うしかないとローブの中に隠している刀を静かに握りしめる。 『こんな夜道にL種一人じゃ危ないよぉ』  十人ほどいる野盗は多勢の余裕なのかヘラヘラとした態度で彼女を包囲する。 『オレたちと楽しいコト、しない?』  うち一人が彼女の体を触ろうと手を伸ばすと、何をした訳でもないのに手元が発火して熱い熱いとわめき出した。 『コイツ何モンだっ!』 『こりゃ生かしちゃおけねぇぞ!』  野盗は手持ちの武器で彼女に攻撃を仕掛けたので咄嗟の判断で刀を抜き、横一線に腕を振り切った。何かに当たる感触はあったがはっきりとした記憶は残っていない。暫し流れる静寂、そして徐々に強くなる異臭。 『『『『『ひいぃぃぃっ!』』』』』  彼らはあっという間に退散した。前方には上下真っ二つに分かれた野盗の体が転がっている。暗がりではっきり見えないが、足元は恐らく血まみれになっているだろう。ぼっこは死体を放置して町を目指そうとしたが、頭がぐらりと揺れて視界が霞んだところでビジョンはぷつりと途切れた。
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