序章

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 その後ぼっこはとある屋内のベッドの上で目を覚ました。傍らには見知らぬ人物が数名、彼女に視線を向けている。 『本日は|処月(ショツキ)二十三日、気分はどうじゃ?』  銀色のローブを纏っている初老の男性がほっとした笑みを浮かべた。彼の首には近年見かけなくなった古代宗教のシンボルマークを型どったロザリオをぶら下げている。 『あの、ここは……?』 『【サンゴー】、小人族の集落じゃ』 『【サンゴー】……』  【サンゴー】という名の集落は大陸の最東端に位置しており、一世紀ほど前に起きた世界大戦以降鎖国政策を続けている。国境超えを許されているビザ持ちの人間に対しても容赦無く門前払いにすると評判のこの集落の中に自分がいる……助かったと思いつつも違和を感じていた。 『国境近くで倒れておったんじゃ。勝手ながら手荷物を拝見したら難民ビザが入っておってな、国際機関の規律に則ってここに運び入れたんじゃ』 『助かりました、ありがとうございます。私はいか・ぼっこと申します。【ヒジキタウン】という町から来ました』 『儂はたい・てっぺき、ここで司祭をしておる。事情はあらかた存じておるが、何処か行く宛はあるんかい?』 『いえ』  ぼっこは首を横に振った。彼女の家系は郷に根差した生粋の地元っ子で、他国の縁者は記憶に無い。 『【ヒジキタウン】であれば同じ小人族ではないか、これだけ腹がでかいとなると身動きも取りにくかろう。ビザも持っておるし問題無い、これを機に戸籍を移さんか?』 『さすがは司祭様! 良きお考えにございます!』  と司祭の隣にいる中年の男性が芝居がかった称賛をする。ぼっこが世界地理で学んだ【サンゴー】は独裁政権、今目の前にいる司祭の言葉が絶対であることを改めて認識した。 『落ち着いたら郷に戻ります。いきなりこのような形で他所者が住み着けば地元の方も混乱するでしょうし、郷に家族を残しておりますので安否確認もしたいのです』 『司祭様のお心遣いを無碍になさるおつもりか!』  男性はぼっこの返答が信じられないと声を荒げる。 『いえ家族の無事を祈っているのです。私の無事も知らせたい、それを望んで……』 『何ということを! 司祭様よりも家族を優先するなど……嘆かわしい、これだからガイジンはっ!』 『よせ、遠くに残した家族を思って何が悪い。しかし町民の半数以上は殺され、行政もほぼ機能しとらんそうじゃ。今無理をして郷に戻ってもショックがでか過ぎる、それならばここで安全に子を産み、心穏やかに暮らす方が良いと思うが』 『何と慈悲深きお言葉、それでもなお司祭様に恩義を感じぬのかっ!』 『お主は黙っておれ、わやを呼んでこい』 『はっ!』  男性は司祭に一礼し、踵を返して部屋を出た。彼は無駄な忠誠心を見せる男性の言動にため息を吐き、改めてぼっこを見た。 『先ずは儂から民に話して聞かせる、そなたは養生しながらゆっくり考えて決めればよい。まだ刻はあるからの』  司祭の言葉に彼女は頷いた。かつて学校で学んだとおり独裁政権ではあるようだが、現司祭であるたい・てっぺき氏であれば信頼できるかもしれない。彼の話に地元民の納得が得られればここで出産するという選択肢も視野に入れておこうと考え始めていた。それから男性と入れ替わって十歳くらいの女の子が小鉢を乗せたトレイを持って入ってきた。 『じじ様、患者さんにこちらを。本日は処月二十三日、さめ・わやです』 『おぅそうじゃな、食欲はあるかな?』  わやは可愛らしい笑顔を向けてぼっこにトレイを差し出した。中にはもうもうと湯気の立った白いスープが入っており、たくさんの種類の野菜も一緒に煮込まれている。 『根菜の乳煮込みです、温かいうちにお召し上がりください』 『ありがとうございます、頂きます』 『ありがとうございます?』  わやは不思議そうな表情を司祭に向けている。 『お礼を言ってらっしゃるんだ』 『今は地八の刻三十五の時ですねってこと?』 『左様、ほとんどの国でお礼を言う時は『ありがとうございます』を使うんじゃ』 『へぇ、色んな言葉があって面白いね! お姉さん、元気になったらもっと教えてもらえませんか?』  わやの屈託のない笑顔に先程までの微妙な気持ちがきれいに払拭され、ぼっこはこの地で生きていくことを決めた。
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