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月日は流れ、十歳となったぽんこつは小人族とは思えぬほどすくすくと成長した。小人族とは読んで時のごとく小人のような体型で、一般的に成人しても身長は三尺三寸〜五寸ほどである。母ぼっこも二尺九寸と小柄なのだが、息子である彼は既に四尺近くある。
その上生まれてすぐ額に刻まれた横一線のシワが元で、幼少期は気味悪がられたりからかわれたりもした。大柄な割に大人しい性格のぽんこつは、寂しそうにシュンとするだけで何も言い返せずにいた。
「ごめんねぽんこつ、お母さんが綺麗に生んであげられなかったから」
そんなある日、母は古びた紺色の布でターバンを作った。それをシワが隠れるよう額に巻くと、たったそれだけのことで彼へのいじめはぱたと収まった。それだけでなく、周囲の者たちは手のひらを返したかのようにいか母子への当たりが優しくなり、ぽんこつはいじめられっ子から人気者へと変わっていった。
ところがぼっこは体調を崩す日が多くなり、難民として身を寄せた当初よりもかなりやせ細ってきていた。当の彼女は産後ダイエットの賜物と笑っていたが、ちょっとしたことで風邪をひき、床で休む時間は徐々に増えていく。親しくしている近所の住民が彼女を気にかけて医者を連れてきたりもしたが、原因不明のまま治療法すら見つからず彼女はどんどん弱っていく。
そうなってくるとぽんこつが母に代わって稼がねばならなくなった。就学の義務はおろか教育機関すらまともに無いこの村では、小さな子供でも仕事を持ってお金を稼ぐことはそう珍しくない。ぽんこつも大きく丈夫な体を活かし、大人たちに混じって狩りをしたりあらゆる肉体労働に精を出していた。
「ぽんこつ君! ぼっこちゃんが倒れたっ!」
この日も母に代わって仕事に出掛けていたぽんこつの元に、お隣で美容室を経営しているさば・おばけという女性がふくよかな体を揺らして駆け寄ってきた。
「早く戻っておやりっ! ヤバイみたいなんだ!」
さば・おばけは仕事を中断させてぽんこつの腕を引っ張り、二人は一目散に自宅へ戻る。中には司祭と村唯一の医師が治療を施しているが、ぼっこはベッドの上で寝込んだままほとんど動かなくなっていた。
「母上ぇ……」
血の気の失った母の姿にショックを受けるぽんこつ。息子の声に反応したぼっこはうっすらとまぶたを開いて優しく微笑みかけた。
「ぽんこつ……先に父上の所……行ってくるね」
息絶え絶えになった母の姿に呆然とするぽんこつを、おばけがベッド脇まで導き手を握らせた。
「何を弱気な、十歳の息子を一人残すつもりかい?」
「私はもう……おばけさん、この子を宜しく……」
ぼっこの腕から力が抜けていく。ぽんこつとおばけで必死に彼女の手を握るが、力の入っていない腕は想像以上に重かった。先程までの一生懸命開けていたまぶたも閉じられ、医師の治療も司祭のマントラも効果は見られない。
「母上ぇ!」
ぽんこつは普段滅多に出さない大きな声で母に声を掛けたが、ぼっこは息子の声の応えること無くぴくりとも動かなくなった。司祭を始めとした大人たちはぼっこの死を悟る。ぽんこつは母との別れを惜しむかのように、生命の失った手をいつまでも握り続けていた。
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