第1話 異世界転移

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第1話 異世界転移

 きっかけはともかく師弟である2人。その2人は命掛けで戦った。  悟はすでに、師から教えらる事がないほどに成長している。当時、素人(しろうと)以下の悟だったが約10年でこれほどまで成長できたのは、少しだが才能があったからだろう。  剣の才能はあった。だが、これは悟の持つ才能の中ではおまけ程度(ていど)のものだ。大したものではない。実際に悟に有った才能は、()()()()()だ。悟はこの流派で最も重要であった"殺気を操る才能"が凄まじかった。これには師匠である彼も驚いた。  だからか本来は予定していなかった鍛え方、その才能を生かす鍛え方に途中で変えのだ。  早期の育て方の変更の甲斐(かい)もあって今では悟は、殺気の()も、殺気の()も、殺気を()()()のも、殺気を()()()のも、自由自在に扱える。  悟はそんな殺気を十二分(じゅうにぶん)に使い戦う。  殺気などの"気配"というのは、達人同士の戦闘においてはかなり重要になってくる。達人まで上り詰めた者は気配を感じ敵を見る。それにより、相手がどういった攻撃をしてくるか、どこを攻撃してくるかを感知し、予測して対応することができる。これは目の届かない死角(しかく)の攻撃や、目で捉え切れない攻撃も察知(さっち)する事が出来る。だが悟の前ではそれは出来ない。  悟が放つ殺気を後ろに感じ、振り返るがそこには何もなく。殺気から攻撃を読んでもそれは的外れな結果になる。それにこちらが同じような事をしてもそれより強い()()()()()()()。  達人からしたら、それはやりにくいったらありゃしなかった。  剣の技術では師匠である彼が上、殺気の技術では悟が上だった為、現在の実力は拮抗していた。  そして達人同士の一進一退(いっしんいったい)攻防(こうぼう)は約半日続き―――  ついに、死闘(しとう)の末に、決着がついた。 「ぐうっ!!」  肉と骨が切断されるなんとも言えない音が終了の合図になった。  悟の師である老人―――坂下(さかした) (かける)―――の利き腕、(かたな)を握っていた腕が途中で切断されて(ちゅう)()う。  愛刀(あいとう)である自身の刀をしっかりと握り放さないままの腕は重力に従い地面に落ちる。その際に聞こえた金属の乾いた音はやけに響いた様に聞こえた。 「俺の勝ちだな」 「そうっ・・・じゃな・・・」  坂下の腕の切断面(せつだんめん)からは大量の血が体外(たいがい)へ流れ落ちる。このまま止血(しけつ)をしなければやがて大量出血で死んでしまうだろう。しかし坂下は切られてない方の左腕で切られた右腕を掴み、力を込めた。すると腕から流れ出ていた血はピタっと止まり、1滴たりとも外に出ることはなかった。坂下は己の握力だけで止血をして見せたのだ。 「この瞬間、お主を"免許皆伝"と認めよう」 「ああ、これでじじいともサヨナラだ」  悟は坂下とある約束をしていた。それは流派をマスターしたと師匠である坂下が認めたら、悟を自由にする。というものだ。  だから師弟で真剣勝負をし、その資格があるかを見極める必要があった。そして結果、悟が勝利したのだ。 「じゃあな、俺は行く」 「直ぐにか・・・達者(たっしゃ)での」  この戦いが始まる前から悟は自身の荷物(にもつ)はまとめていたので、それを手に取ると今まで世話になった坂下に別れを告げ、歩きだした。 「あ、そういえばその腕・・・大丈夫なのか?」  しかしその歩みは途中で止まり、悟は思い出した様に(たず)ねた。 「・・・お主、聞くタイミングおかしくないか?普通もっと前に聞くじゃろ。」 「いや、今急に気になって」 「まぁ大丈夫じゃないが、大丈夫じゃ」 「そうか・・・じゃあなじじい(師匠)」 「・・・はよ行けバカ弟子」  こうして最上 悟。25歳は10年ぶりに自由を手にいれ、社会に出ていったのであった。 「就職(しゅうしょく)しないとな・・・」  ベッドの上でそんな言葉をボーっとしながら(つぶや)くこの男。  彼の名前は最上悟(さいじょうさとる)。  彼は非常(ひじょう)に難しい難題(なんだい)に直面していた。  自由を手にしてから、まずは住居(じゅうきょ)を確保した。  指名手配の達人を捕らえたりしていた事もあり、お金はかなり持っていた。それで何故か坂下の知り合いである胡散臭(うさんくさ)い不動産屋からマンションを借りる事には成功していた。  しかし、このままでは貯金はなくなる一方なので就職しようと就活(しゅうかつ)をしているのだが――― 「ん、ん~~」  体を伸ばし、歯を磨き、顔を洗い、朝食を取り、リクルートスーツに着替える。  仕事をしていないとなるとこの男は今現在、無職(ニート)である。  本来なら高校に生き、大学に行き、ゆっくりと就職活動をするはずだったのだが普通ではない事が起こり、その過程(かてい)は進んでいない。  そこで問題なのが自分にあった条件の仕事を探すのがまず大変だといういこと。  彼の最終学歴(さいしゅうがくれき)は中卒である。そのためその条件でも受け入れてくれる所を探すがこのご時世にあまりなかった。  例え中卒でも受け入れてくれる所があったとしても面接で落とされてしまう。何せ「中学卒業してから今までなにしてましたか?」が答えられない、本当の事を言っても信じては貰えず、適当にでまかせを言っても信用されず。  なので、なるべく面接がなく中卒でも良い就職先を探して受けている。が、これまた中々うまくいかない。 (()()()、なにもなければ今頃何してたのかね俺は)  どこか遠い目をしながら靴べらを使い、安い革靴(かわぐつ)をしっかり履く。  本日も1日、就職活動。彼は絶望した表情で玄関のドアノブに手を掛けてドアを開けようとした。 「あっ・・・」  悟は開ける前に何かを思い出したらしく、速足(はやあし)で部屋に戻っていく。 「あぶねぇ、忘れる所だった」  男が取りに戻った物はギターケースだった。しかし、ギターケースからは「ガタン」と、まるでギターとは別の、サイズの合ってない何かが入っている様な音がした。  そう。このギターケースには彼の"愛刀"が入っている。悟は過去に指名手配の達人狩りをしていた事もあり、恨みを持ってる者や不快に思っている者が少なからずいる。そんないわゆる裏の世界の殺し屋などが襲ってくる事も、たまーにあるのだ。そのため自分の愛刀を銃刀法(じゅうとうほう)で引っ掛からないようにギターケースに隠して、常日頃(つねひごろ)から持ち歩いている。もちろん面接に行くときは大きいロッカーを借りて直前(ちょくぜん)にそこに入れるようにしている。 「よし・・・行くかぁ・・・」  気合いを入れ直し、ギターケースを背負い、再び靴べらを使い革靴を履き、玄関のドアノブに手を掛け、ドアを開ける。  玄関にはいつも開けたら目にしている光景があたりまえの様に広がっている。マンションの5階に住んでいる彼は、向かいのマンションが見えるだけのどうでもいい景色を見ながらエレベーターのある方へと歩きだした。  エレベーターに乗り、目的地である1階のボタンを押す。するとエレベーターが動きだし、1階を目指して降りていく。エレベーターが下りていく特有(とくゆう)の感覚を感じながら待っていると「1階です」と目的階に着いた事を知らせる無機質(むきしつ)な声がエレベーターから発せられる。  その後エレベーターのドアが開いたので、彼はエレベーターから降りていく。  1歩―――2歩――――  そして彼がエレベーターから完全に出た瞬間―――――  辺りは()()になっていた。 「・・・・・・・・・・え?」  しばらくの沈黙(ちんもく)の後に驚きの声を上げる。そして反射的に後ろを振り返り、地上1階に自分を運んでくれた現代社会に欠かせない物、エレベーターの存在を確認する。 (・・・・・・・・・・無い)  しかし、どこの方向を向いても先ほどまで有ったハズのエレベーターは影も形もない。代わりにという訳ではないが、少し遠くの方に森があることを発見した。  彼はとにかく何故、自分がここにいるかを考えた。  だが、当然の如く答えはでない。  何せエレベーターを降りた瞬間に辺りの景色が一変(いっぺん)したのだ。ワープやテレポーテーションなどの超常現象の(たぐ)い。  こんな事は現代の日本では基本的にありえない。 (一応、一番可能性があるものは催眠術(さいみんじゅつ)的なものか?)  催眠術かそれに近いものを使い意識を飛ばし、その間に移動させられた。こう彼は推理(すいり)した。  もし現代の日本でこのような事をもし出来るとしたら催眠術が一番可能性があると考えたのだ。実際に過去に対峙(たいじ)した指名手配の達人の中には()()()()()()なんてのもいた。 (でもなぁ。一瞬で催眠術なんて掛からないし、そもそも気づくハズだよな)  催眠術は時間をかけて相手に掛ける物であり、一瞬で意識を飛ばすのは不可能なはず。例え一瞬で催眠術を掛ける事が出来る達人がいたとして、それに自分が気づかないハズがないと考え直し先程の可能性を否定した。それに一体なんの目的があるのかもわからない。 (考えても答えはでないな・・・これ)  今のままでは情報が少なすぎるのでこれ以上の思考(しこう)は無駄だと判断し、次に何をするかを考えながら辺りを見渡す。  辺りは見渡す限りの草原で、少し遠くに先ほど見えた森ぐらいしか、めぼしいものはなかった。  しばらく考えたあとに、何を思ったのか遠くに見える森を目指して歩きはじめた。 (これは・・・今の日本ではありえない光景だな)  そんな事を思う彼は、森に向かって歩いていく。  森に向かっている悟の(ひたい)には汗が(にじ)んでいたが、その表情はどこか期待している様だった。
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