足音

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「見た目は事故物件っていうだけあってヤバそうに見えたけど、中はけっこう良いじゃん。風呂トイレ付きでこの広さとその家賃なら、この辺りの相場なら良物件だよ」 アパートに戻った僕らは、コンビニで買った弁当とつまみを適当に口にしながら、雑談に興じていた。 缶ビールも三缶目に突入。 「あのなぁ、そう簡単に言うなよ、これでも初めはいろいろあったんだぞ」 そう言って、僕はコンビニ袋から取り出した未開封の煙草を取り出し、その銘柄を見て、以前話した、初めて小夜子さんとあった時の事を思い出した。 メンソールが苦手だった小夜子さんが、口に咥えた自分の煙草で、僕にシガーキスをしてくれた日の事を……。 「おっ?何、お前煙草代えたの?メンソールじゃなかったっけ?」 鋭いな。彼女が髪切ったって話でもあるまいに。 そう思いつつ、開封した煙草を一本手に取り口に運んだ。 「何だ?怪しいな、恋でもしたか?」 ニヤついた笑みで聞いてくるC。こいつエスパーか? 「あ、アホか、別に何もないよ……」 慌てるせいか、ライターの火がうまくつかない。 「そういや管理人がいるって言ってたよな?さては……美人だな?」 ズバリ言うCの言葉に、思わず口に咥えた煙草がポロリと落ちた、その時だ。 ──カツンカツンカツン……。 足音だ。 僕とCはハッとして互いに顔を見合わせた。 「い、今のか……?」 Cの焦りの声に、僕は黙って頷いてみせた。 足音は二階の踊り場で一旦止むと、方向転換から一気に僕の部屋の前までやってきた。 静まり返る部屋。 ゴクリ、と、唾を飲み込む音だけが、やけに大きく響いた。 するとCがその場で立ち上がり、玄関までいきなり歩き出す。 突然の事に唖然としていると、Cはドアに体を擦り寄せ、円筒の小さな穴に顔を近づけ、そこに目を細めた。 そうか、ドアスコープがあった。それならドアを開けなくてもいい。 我ながらなぜそこに気が付かなかったのかと思ったが、今はそれどころではない。 何か見えたのか、それが気になって何度もドアとCの様子を交互に見回す。 余りにその時間が長く感じた僕は、いつまでもドアスコープを覗くCにたまらず声を掛けた。 「何?何か見えた?」 するとCはドアスコープから顔を離し、僕の方に向き直ると、お前も見ろといわんばかりに顎をしゃくってみせた。 仕方なく立ち上がると、促されるままドアスコープに目を近付けた、その瞬間、 「わっ!」 「うわぁぁっ!!」 突然耳元で言われ、僕は叫び声をあげながら玄関で尻餅をついた。 「はははははっ!驚きすぎ、近所迷惑だぞ」 言いながら笑うCが、座り込む僕に手を差し出す。 「あのなっ!」 冗談にも程がある。僕はCの手を乱暴に取ると立ち上がり、もう一度ドアスコープに目をやった。 「誰もいねえよ、見えない幽霊かもな」 背後からCがそっけなく言った。 確かにCが言うように誰もいなさそうだ。潜んでいる様子もなかった。 かといってドアを開けて確認したいとは思わない。 一人思い悩んでいると、Cは背伸びをしながらテーブルへと戻り、飲みかけのビールを一気に飲み干した。 僕は見えないドアの向こう側に後ろ髪を惹かれながらも、冷蔵庫から缶ビールを二缶取り出し、部屋へと戻った。 結局その後は、酔っ払ったCが「管理人さんも呼んで飲み直そうぜ!」と訳の分からない事を言いだしたので、しこたま飲ませて酔い潰させた後に、部屋で二人雑魚寝した。 次の日は大学もバイトも休みだったため、僕は二日酔いでダウンしたCを駅まで見送った後、コンビニで軽く買い物をした後に帰宅した。 その日の夜、僕は再び夜中に目を覚ました。 喉が乾いて、ではない。 夢だ。 薄暗い部屋、この部屋だった。 僕は手にダンボールを持っている。 それをせっせと外に運び出し、下に停めてある車へと運ぶ。 往復している間、僕は誰かの視線に気が付き、アパートの前の電信柱に目をやる。 女の子だ。 昔流行った、日曜の朝にやっていたアニメのTシャツに水玉のスカート。 夢なのにやたらと鮮明に見える。 少女は僕の姿をジッと電柱の影から目で追っていた。 虚ろで、濁った様な廃色の目。 口をポカンと開けて、少女は僕をずっと見ていた。 やがて車で去ってゆく僕。 バックミラーで電柱を確認する。 いない、少女の姿は写っていなかった。 その瞬間、 ──ドン! 車が何かを跳ねた。大急ぎで車を停める。 降りて慌てて辺りを確認すると、少女だ。 先程僕を目で追っていた少女が、車の前で倒れうずくまっている。 額が割れそこからどす黒い血が滴り落ち、地面に真っ赤な水溜りを作っていた。 腕はあらぬ方向に曲がっている。 すると、少女は肩を震わせゆっくりと顔を上げた。 少女は……笑っていた。 目を張り裂けんばかりに充血させ、口元を大きく歪ませて、僕に笑いかけていた。 夢は……そこで覚めた。 生々しい夢だった。 思わず洗面台に走り蛇口を捻る。 流れ出る水をすくって思いっきり自分の顔に浴びせた。 ひんやりとした空気が顔を包み、一気に目が冴えていく。 そっと自分の胸に手を当ててみる。 どくどくと、いつも以上の速さで鳴っているような気がした。 タオルを手に取り顔を拭いていると、 ──カツンカツンカツン……。 まただ、あの足音。 急激に寒気がした。 今しがた見た夢と、何かがリンクしそうで怖かった。 足音はやはり僕の部屋の前で止まった。 息を殺しドアに近づくと、ドアスコープにそっと顔を寄せる。 外を確認するが、やはり玄関の前には誰もいない。 ドアを開けてみようか迷ったが止めておいた。 昨夜ならいざ知らず、今日は一人だし、何よりさっき見た夢の件もある。 僕は後退りしながら、布団へと戻った。
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