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足音
前回、借金取りから紹介された間借りのバイト(事故物件告知義務解消のバイト)で訪れた僕の新たな新居、黄昏荘。
ここに移り住んでから、早くも二週間が経とうとしていた。
住めば都……とは、やはりまだ言い難いものがあるが、今の所事故物件というその本質に迫る様な出来事には、あってはいなかった、その日の夜までは……。
その日は初夏に似つかわしく、蒸し暑い夜だった。
急激な喉の渇きに目が覚めた僕は、冷蔵庫から飲みかけのペットボトルを取り出し、一気に喉に流し込んだ。
ひんやりとする喉越しに涼を感じていると突然、階段を駆け上る足音を耳にした。
暗がりに慣れてきた目で何とか時計の針を確認すると、時刻は午前二時。
引っ越しの挨拶など満足にしていない僕は、このアパートに住む住人の事などほとんど知らない。
まあ唯一知っている、ここの四階に住む管理人さん、小夜子さんを省いてだが。
「夜勤帰りかな?」
などと呟いていた時だった、階段を駆け上がる足音は、二階の踊り場で一旦立ち止まると、そのまま部屋の前までやってきた。しかも足音は、信じられない事に僕の部屋の前で止まったのだ。
「うそ……」
思わずドアノブの施錠を目で確認する。
よし、大丈夫だ。
僕の心配を他所に、ドアには何のアクションもない。
ドアガチャされるかとも思ったが、どうやら取越し苦労のようだ。
かといって、ドアまで開けて確認する勇気は持ち合わせていない。
何せここは借金取りと管理人が、名実ともに認める曰く付き物件だ。
結局その日は確認する事もなく、僕は隠れるように布団に潜り込んだ。
次の日の朝、玄関周りを確認してみたが、何やらイタズラされている様子はなかった。
一応郵便ポストも確認したが、妖しい街金の広告チラシぐらいしか入っていない。
「誰が借りるか……」
と呟くと、僕はチラシをくしゃくしゃに丸め、大学へと向かった。
講義も終わり帰宅する途中、友人Cとマックに寄った時の事だ。
「そういえばお前、今事故物件に住んでるんだろ?何か怪奇現象とか起こってないの?」
冗談交じりに笑みを浮かべたCが聞いてきた。
ハンバーグにかぶりつき思い出すように頭を捻ると、僕は昨夜あった事を、何となくCに話してみる事にした。
「へぇ、夜中に足音が玄関前にねぇ……」
「うん、イタズラとかもされてなかったから何も被害は受けてないんだけどね」
「でも玄関前で止まるのって、何か嫌だな」
「でしょ?気になって正直あんまり寝付けなかったんだよ」
「ああ、だからお前今日講義中に船漕いでたのか、教授、お前の事睨みつけてたぜ?」
そう言ってCはシェイクを飲み干しながら陽気に笑っている。
「笑い事じゃないよ……ただでさえあの授業の単位やばいんだからさ……そうだ!」
「ビ、ビックリした、何急に?」
面食らった顔のCに、僕は両手で拝むような格好で、
「頼む!今日うち泊まりに来てくんない??」
「えっ?お前んちに?」
「マジでお願い!一人じゃ何か確認しずらくってさ」
「んん、足音の主ねぇ……まあいいけどさ、じゃあ事故物件で宅飲みでもすっか」
あっけらかんと言うCに、僕は安堵のため息をついた。
持つべきものは友。と言いたいところだったが、その後の酒代はつまみから何まで全部奢らされる羽目になった。
持つべきものは一体何だと胸の内でぼやきながら、僕らはアパートへと向かった。
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