★【1】異端児

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★【1】異端児

「なぜ一向に捜そうとしないのだ、沙稀(イサキ)!」  玉座に座る者が憎々しく言葉を発する。空気を固まらせ、罵倒した相手までも同様にする勢いだ。  ──時は『現世』。己の正体を知らず、過去生にも無関係に、正体とも無関係に生きていくかのようだった。  ただ、それは叶わない。  地に堕ちても、魂は循環しても、繋がっていくひとつのもの。  日常は非日常と化していく。過去生にも、正体にも導かれていくように。日常が狂い出し、歯車が徐々に噛み合わなくなっていったのは、いつのころからだったか──。 『沙稀(イサキ)』と呼ばれた男は、細身だった。一部が鎖骨まである前髪と、ゆるく一本に束ねるリラの長い髪が印象的だ。束ねているのは、軽い筒状の金属。その先から出る毛髪は、腰に届く。前髪は短くとも頬骨にあたるが、視界はさほど妨げられていない。美しい顔立ちが見てとれる。いや、整いすぎた顔立ちは、まるで蝋人形かのようだ。  尚且つ、その肢体は軽装備の甲冑の上からでも筋肉質だと見て取れる。リラの柔らかい毛色とは、何とも不釣り合いだ。  薄い唇はゆっくりと開く。 「なぜ……そうですね」  本来、玉座に座る者の前にいる剣士の相応しい姿といえば、ひざまずいている姿だろう。しかし、この男ときたら、玉座の前にある数段ほどの幅広な階段を挟んで、立ったままだ。それも、玉座に座る相手を、それに相応しくないと言わんばかりの態度で、視線を合わせてすらいない。  返答を面倒だと言うように、沙稀(イサキ)は長い前髪をかき上げる。そして、玉座に座る者を横目で見据えた。 「今更、だからです」  沙稀(イサキ)は嘲笑う。 「宜しいではないですか。この城、鴻嫗(トキウ)城は貴男様の娘である姫君……恭良(ユキヅキ)様がお継ぎになるのですから」  沙稀(イサキ)の態度に、王はため息をついた。そして、怪訝な態度を露わにする。 「貴様は」  王の表情には、憎しみの色が深く刻まれていく。  一方で、沙稀(イサキ)は片手を上げて、いかにも侮辱するように話し始める。 「鴻嫗(トキウ)城は世界の三大陸に君臨する、由緒正しい城です。歴史の重みを示すように、仕来りが幾重にも存在しています。例えば、世界には『貴族は長髪でなければならない』という一律の規定がありますが、それを定めたのも鴻嫗(トキウ)城だと言われています」 「なにが言いたい」 「この鴻嫗(トキウ)城は、代々姫が継いできた城です。ですが、現在は貴男様が『国王』として君臨しています。それは、十九歳になられた今でも、(ユキ)姫が未婚だからです」  一度、言葉を止めると、沙稀(イサキ)は王をじっと見る。 「ただし、未婚であっても『父』からの王位継承は可能なはずです。条件は、後継者が『姫』であればいいだけ。……本望ですよ、(ユキ)姫が鴻嫗(コノ)城を継ぐのは」  後半、沙稀(イサキ)の表情と口調は一変し、固いものになった。眼光が鋭くなったのは、対する者も同じ。 「度が過ぎてはいないか。私に対する貴様のその態度は」 『憎い』と今にも呪いが込められそうな王の声。だが、それにも沙稀(イサキ)は動じない。 「『私に対して』?」  確認するように言うと、却って瞳をより鋭くした。そして、怒りの込められた声は発せられる。 「貴男こそ、誰に対して仰っているのか、ご理解戴きたいものですね。……俺が、貴男の前で『どうして大人しくしているのか』を、わかっておられるのでしょう?」  空気は凍る。時さえも凍ったかのように、ふたりは数秒間、睨み合っていた。  だが、 「くっ!」  と、視線を外したのは玉座に座る者だ。言葉を返すわけでもなく、ただ悔しさに歯を食いしばった。ギリギリと、今にも耳障りな音が聞こえてきそうなほどに。  沙稀(イサキ)はその態度にスッと顎を上げた。見下すように瞳にとどめ、 「では、失礼させて頂きますね。……『王』?」  と、満足そうに笑う。そして、身をひるがえし、王の間を退室しようと歩き始める。  細かい彫刻で半円をいくつも連ねて縁取るクリーム色の壁。気品を引き立たせている、濃い赤紫の絨毯。この、王の間の雰囲気も、城内と変わりはない。  しかし、現在は壁が妙にもろく思えてしまう。ふたりの緊張が頂点に達し、何かのきっかけで一気に崩れてしまいそうだ。  王の間には、足音だけが響く。沙稀(イサキ)の背中を見ていた王は、咄嗟に玉座の下に手を伸ばした。──手にしたのは、猟銃だ。  すばやく猟銃を構え、引き金に指をかける。  ──だが、引き金は引けなかった。狙えと言わんばかりに扉の前で立ち止り、振り返った姿に震えたのだ。 「俺の命を、今度こそ奪いたいのなら……いつでもどうぞ」  そう言う沙稀(イサキ)は、微笑みを浮かべていた。 【キャラクター紹介】  沙稀(イサキ) 6a633b29-feef-441d-a17a-d1297f7daa11 4978d0db-3aba-488b-9668-f29e4fe1ff10
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