衝撃

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衝撃

僕は、宵闇に包まれ始めた山の中を、ある場所に向かって歩いていた。 目当ての場所にあるクヌギの木にハチミツを塗って、カブトムシをおびき寄せるのだ。いまから塗っておけば、うまくいくと明日の朝にはたくさん捕れるかもしれない。 友達を誘ったけど、「虫が出るし暑いからイヤだ」と断られた。仕方なく一人で行くことにしたのだけど、まだ夕方で少し明るいとはいえ、一人きりで歩く山の中は寂しい。僕は、ひぐらしの鳴き声が響く細い道を、急ぎ足で進んだ。 目的地に着いて、リュックからハチミツが入った容器を取り出す。クヌギの木の樹液が出ている箇所に、ハチミツをたっぷりと垂らした。 これだけ塗れば、明日にはきっと大物が来る…と、満足気に微笑んだ時だった。背後の山道を挟んだ向こう側から、何か声のようなものが聞こえてきた。 僕は急に怖くなってハチミツをリュックにしまうと、急いでこの場を離れようと山道に出た。すると、明らかに人だとわかる声が聞こえてくる。しかも、とても苦しそうだ。 「う…っ、あぅ、あ…っ」 ーーえっ?もしかして僕、ヤバい現場に遭遇しちゃった? 声を無視してまっすぐ帰ればいいのだけど、怖いもの見たさというかなんというか、どうしても気になってしまい、ドキドキとしながらそっと木の陰から声がする方を覗いた。 その光景を見た瞬間、僕の心臓がドクンッと大きく跳ねる。数メートル先で、背の高い男が女の細い腰を掴んで、後ろからパンパンッと自分の腰を打ちつけていた。 僕は、初めて目にする光景に、目が釘付けになってしまった。 ーーええっ!あ、あれって…あれって…っ!父さんの机に隠してあった雑誌で見たことある!男と女が気持ちよくなる…セックスだっ!うわぁ〜…初めて見た…。あんな声が出るんだ。女の人、気持ちよさそう…ん?女の人?え、待ってっ。あの女の人、ちんこついてるっ!ええっ、女じゃなくて男っ⁉︎男と男って…なんでっ⁉︎ 僕は初めて見るセックスと、しかも考えもしなかった男同士という組み合わせに、思わず身を乗り出してしまい、知らないうちに木の陰から出てしまっていた。 ふと、腰を打ちつけている背の高い男が僕に顔を向けた。バッチリと目が合ってしまい、僕は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。と、ジーッとこっちを見ていた男が、口角を上げてニヤリと笑った。途端に僕は我に返り、身を翻して一目散に駆け出した。ただもう夢中で、家まで一度も止まらずに走った。 家にたどり着いた頃には、辺りはもう暗くなっていた。ハァッハァッと荒い息を吐きながら僕は思い返す。 男は若く、とても綺麗な顔をしていた。背も高くスラリとしてカッコよかった。でも、あの笑顔はとても怖かった。まるで獲物を見つけた獣のような笑顔…。 僕は顔を上げて大きく深呼吸する。目を開けると、空には天の川がキラキラと輝いていた。 その夜、ずっと男の笑顔が頭から離れなくて、一晩中うなされた。 そして、あの男に会ってしまったらと思うと怖くて、山に行くことをやめた。
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