邂逅

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邂逅

「おい、何をしてる」 「いててっ!は、離せ…っ」 「おまえが今、何をしてたか俺は見てたぞ。こそこそと卑怯な真似をしやがってっ、この変態が!おらっ、次の駅で降りろっ」 僕の背後で言い合う声に震えながら、恐る恐ると振り返る。そこには、中年太りの冴えない男と、黒縁眼鏡をかけて濃いグレーのスーツを着た、スラリと背の高い綺麗な男の人がいた。 眼鏡の人が、男の腕を捻り上げて睨みつけている。 数分して駅に着くと、眼鏡の人が抵抗する男を引っ張ってスタスタと降りていった。 僕も慌てて二人に続いて降りて、引きずるように男を引っ張って行く眼鏡の人の後ろを小走りでついていく。眼鏡の人は、ホームにいた駅員を捕まえると、再び男の腕を捻り上げて駅員の前に差し出した。 「すいません、こいつ、痴漢です。男の子の尻を触ってたのを見ました。後ろにいる子が被害者です」 「えっ?あ…はい」 眼鏡の人はチラリと僕に目を向けて、駅員に説明をした。 後をついて来た僕に気づいてたんだ…と少し驚いて返事をする。 「話を聞きたい」と言う駅員に、僕が頷いた時だった。駅員に知らせたことで、僕も眼鏡の人も油断してたせいか、隙をついて男が逃げ出した。 「あっ!ちっ…、あいつ…」 「こらっ、待てっ!」 逃げて行く男を追いかけて駅員が走って行く。ドンドンと姿が小さくなって、そのうちに見えなくなってしまった。 「あ〜…、どっかに行っちゃったね。君、どうする?駅の窓口で待ってる?」 「あっ、いえ、もういいです…。あの、助けてくれてありがとうございました。お、お礼をしたいのですけど、名前を教えてもらえませんか?」 「ん〜?気にしなくていいよ。礼なんていらないから。じゃあ次から気をつけるんだよ?」 眼鏡の人は、僕の頭をポンと撫でて、綺麗な笑顔を見せて去ろうとする。僕は慌てて彼の腕を掴んで止めた。 「待ってっ!それじゃあ僕の気が済まないからっ。お願いします、お礼をさせて下さい…っ」 彼は驚いた顔をして、僕を見つめた後にフッと優しく笑った。 「君は礼儀正しい子なんだね。名前は?」 「あっ、すいませんっ。僕、天川 朔(あまかわ さく)って言います。えと、天の川に朔日の朔です」 「へぇ〜、綺麗な名前だね。俺はこういう者です。よろしく」 彼が差し出した名刺を受け取る。そこには、有名な銀行の名前と、営業主任の肩書きの下に、〈大橋 星夜〉と書かれていた。 「おおはし…せいや?」 「そう。なんか俺たち、微妙に同じ系統の名前だね。親近感が湧くよ」 「ホントだ…月と星…。ふふ、なんだか僕も初めて会った気がしないです。あの…また連絡していいですか?それまでにお礼を考えて下さいね」 「俺が考えていいの?ふっ、君、可愛いね。じゃあ…。ん、これ、俺の携帯番号。ここにかけてくれる?でも、無理しなくていいからね?」 彼は僕に渡した名刺を一度取り上げると、裏側にサラサラと携帯番号を書いて僕に戻した。 僕は名刺を受け取りながら、彼を見上げて「大丈夫ですっ。必ず連絡しますね?」と、にっこりと微笑んで言った。
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