第33話

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第33話

 新年の挨拶を済ませて満足したのか、父さんも母さんも早々に布団に入ってしまった。俺はTVの音量を下げ、通知音が止まらないスマホの画面を開く。ずっと鳴っているのは友達とのグループチャットだ。その他に従兄妹達からも絵文字らしきものが送られてきている。通知欄を遡ると、0時ピッタリに河合さんからもメッセージが届いていた。 《明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします! 家に帰ってからまたお店行きますね》  モグモグと片手で三色団子を持ちながら口を動かしている顔文字が一緒に付いている。俺はつい三色団子を美味しそうに頬張る河合さんを想像して、思わず笑ってしまった。 《明けましておめでとうございます。楽しみにしていますね。受験勉強も頑張ってください》  そう返信するとすぐに既読が付き、「頑張ります!」のメッセージと共にメラメラと燃える猫と、気怠げに寝転ぶ犬の2つのスタンプが返ってきた。俺は大学には行っていないけど、高校受験は体験したからその気持ちはわかる。  従兄妹達にも挨拶を返し、やっとグループチャットを開く。浩喜以外皆参加しているようだ。浩喜がいないという事は、元旦も朝から仕事なのだろう。  チャットの盛り上がりは、これから年賀状を書き始める大河が誰に出して良いか聞いていたらしい。遅すぎないか、と思いつつ俺もオッケーと返事をしておく。チャットをスクロールしたら「年明ける瞬間に郵便ポストに投函してやったぜ!」と自慢する奴もいた。元旦に届くように出したのは今年も俺だけかもしれない。   「まあ、皆元気なら良いか……」  俺の隣で瑞さんが静かに頷いた。けれど年々減っていく年賀状を見ると寂しくもある。それでもまだ書いてくれる人がいるのは嬉しい。  グループチャットが一旦途切れると、毎年恒例の通話が始まった。誰も特に大した用事は無いけれど、取り敢えず口頭での新年の挨拶と、今回は年末番組何を見ていたとか、大晦日まで働いていた奴の愚痴とか、今年のやりたい事とかを話した。  1時間くらい話したところで欠伸が止まらなくなり、俺は通話を抜けて寝る支度をする。   「それじゃあ、私も部屋に戻るよ」 「はーい、おやすみ」 「おやすみなさい」  うつらうつらしながら、いつもの店の和室に戻る瑞さんを見送って戸締まりを確認し、布団に入った。横になってからの記憶が無いから、多分すぐに眠れたのだと思う。    目を覚ましたのは午前9時半だ。お雑煮の良い匂いがして、それに釣られるように立ち上がる。着替えてから台所にいる母さんと父さんに挨拶をして、瑞さんのところに向かった。 「ああ、おはよう」 「おはよう、瑞さん。もうすぐお雑煮できるみたい」 「ありがとう。でも残念だけど、私はもう出掛けるよ」 「食べて行かないの?」 「うん。今日は日が沈むまでは帰れないと思うから、今日こそ久しぶりに家族水入らずで過ごすと良い」  俺の誕生日もクリスマスも大晦日もそう言った瑞さんを家に引っ張り上げたけど、まだ遠慮しているのだろうか。もう俺だけじゃなくて両親も瑞さんを家族の一員だと思っているのに。  瑞さんは困ったように眉を下げて「今日は私もあちこち挨拶に行かなくてはいけないからね」と言った。用事があるのなら仕方がないか。 「ああそうだ。祐がこの間乏来に送った年賀状、日付け変わってすぐ届いたって。多分彼からのもポストに入っている筈だよ」 「本当? 凄いなあ」 「後で郵便受けを確認しておいで」 「うん、そうする」  瑞さんは下駄を履いて部屋を出る。俺が鍵で扉を開けると、瑞さんはそのまま何処かへ行ってしまった。そのついでに俺は家と店のポストから郵便物を回収する。 「寒っ!」  しかし良い天気だ。青い空に小さく真っ白い雲が点々と浮いている。暖かい室中から見れば冬であることを忘れそうな程に、清々しく綺麗な晴れ空だった。元旦の良い天気は何となく縁起が良いような気がする。今は持ってきてないけれど、後でスマホで写真を撮ろうと思った。 「こんだけ晴れてるのに太陽の恩恵が全然無いってどうかしてると思う……」  ちゃんと朝が来て明るいのだから十分じゃないか、ともう1人の自分が言うが、肌を刺すような寒さは八つ当たりでもしないとやってられない。上着を羽織らずに出てきた事を後悔しつつ、氷のように冷たいポストを順番に開ける。  店の方に届く年賀状は仕入れ先の業者や近隣の店等の仕事関連が多い。その他に常連さんからも数枚届いていた。  家の方のポストを開けると、広告と束になった年賀状の他に、1枚だけ別で葉書が入っていた。よく見ると年賀状とも普通の葉書とも雰囲気が違う。少し薄く、ざらついたそれを取って宛名を確認すると、俺宛の物だと分かった。だが、裏面には何も書かれていない。 「白紙……?」  何だこれ、と思ったその瞬間、中心から半紙に垂れた墨汁が広がるように文字と絵が浮かび上がってきた。 「えっ、凄い」  綺麗な楷書体で大きく「明けましておめでとうございます」と縦書きで書かれている。印刷かと思ったが、微かに墨の匂いがした。 「昨年は大変お世話になりました。今年も瑞凰命共々、どうぞよろしくお願いいたします。そして素敵な年賀状をありがとうございました、か。って事は、乏来さんからかな」  こんな技術を使えそうなのは瑞さんか乏来さんくらいだろう。もう一度宛名を見ると、予想通り乏来さんの名前が書かれている。後でメッセージを送っておこう。  それよりも早く家に戻らなくては。乏来さんからの年賀状に夢中になっていたから忘れていたけど、寒過ぎてこのままでは風邪を引きそうだ。  俺はやや駆け足で暖かい自宅に戻った。
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