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第34話
三ヶ日を過ぎ、正月休みが終わってまた仕事が始まった。電車はそんなに混んでいなかったから、今日まで休みの人も多いんだろう。いつもスマホを見られるくらいのスペースがあれば良いのに、と思ったけど、きっと明日からはまた寿司詰めだ。
会社に着くとやはりエントランスホールとオフィス内に鏡餅が飾られていた。これらは鏡開きの日に食堂で出るお汁粉の餅になる予定だ。俺は毎年その日が楽しみだった。
自宅でも実家でも食べるけど、働きながら摂取する甘いものほど美味しいものはない。昨年までは経理部にいて、ずっと目と頭を使っていたから余計によく染みた。
今俺が所属しているマーケティング部の部長とは一昨年の鏡開きの日に食堂で知り合って、お汁粉派かぜんざい派かの討論をして仲良くなっている。昼休みをめいいっぱい使って出た結論は「美味けりゃ良い」だ。
新年の挨拶もそこそこに、年末に残した仕事を終わらせ、午後のミーティングでざっくりとした今年のスケジュールを聞く。毎年の事ながら、休みに慣れきった体は仕事を思い出すのに時間がかかるらしく、俺は欠伸を噛み殺しながらミーティングを受けた。
けれどその欠伸も15分休憩中に届いた1通のメッセージで止まる。楽しみがあれば目は覚めるらしい。休憩後はさくさくと今日分の仕事を終わらせ、定時きっかりに退社した。
「お帰りなさい。お疲れ様でした」
自宅最寄り駅の改札を出たところで、乏来さんに声をかけられる。その声を聞いた瞬間、俺の疲れは軽減した。
「ただいま。明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうごさいます。年賀状、ありがとうございました」
「こちらこそ」
俺達は揃って深々と頭を下げる。傍から見たら仕事上の関係に見えるんだろうなと思ったら、可笑しくてつい笑ってしまった。
「そうだ、乏来さん。はい」
俺は会社帰りに買ったお年玉袋を乏来さんに差し出す。乏来さんは「えっ?」という顔をしてそれを見ていた。
「神様に渡していいものなのか分からないのですが、これおと……じゃなくて、お年賀です」
「良いんですか?」
俺が頷いて再度差し出すと、乏来さんは受け取り、興味深そうに袋を眺めていた。
「お年玉袋ですみません」
「名称が違うだけで、気持ちも中身も変わらないでしょう? ありがとうございます。大切にします」
乏来さんは大事そうにジャケットの内ポケットにそれをしまう。
「わたくしにくださったという事は、瑞凰命にも渡したんですか?」
「はい。ついうっかり『お年玉』って言っちゃいましたけど」
「友人に目上も目下も無いですし、良いんじゃないでしょうか? 彼も気にしていないと思いますよ」
多分気にしてないだろうな、とは思っていても俺はちょっと気にしていた。けれど乏来さんがそう言うなら大丈夫だろう。
「ところで、瑞さんは今どこに?」
「ああ、もうすぐ来ますよ。桐島さんとの新年の挨拶が済む頃に合流すると言っていました」
「じゃあもうすぐか」
俺達は瑞さんを待ちながら、正月の過ごし方とか俺の今日の仕事の話をした。けれどあまり長く話す時間も無く、すぐに瑞さんもやって来る。
「お待たせ」
「あ、瑞さんお帰り」
「……ただいま?」
「桐島さん、逆ではないでしょうか?」
乏来さんが、「何故?」という表情で首を捻りつつ返してくれた律儀な瑞さんを見て笑う。俺も何故自分が「お帰り」と言ったのかは分からない。
多分いつも待っている側の瑞さんが来る側だったからつい自分が家か何処かにいる感覚になってしまったんだと思う。自分が仕事帰りだからこのやり取りがあって当然だと思ったのもある。
瑞さんも乏来さんにつられたように笑みを見せた。
「祐、お帰りなさい」
「ただいま」
今度こそ正しく挨拶を済ませて、3人でファミレスに向う。
乏来さんから新年の挨拶がてら会いたいとメッセージを貰ったのをいい事に、3人での外食を提案し今日の夕食作りを回避したのだ。1人の予定だったしカップ麺かコンビニ弁当でも良いかと思っていたけど、やっぱり出来たてのご飯が食べたい。
平日だからか幸いな事に、そんなに待たずに席に着けた。会計の時「せっかく貰ったのだから」と瑞さんと乏来さんがお金を出そうとしたのを俺は止めた。
「どうして?」
「もっと別の事に使わないの?」
「欲しい物……ですか」
2人が揃って首を傾げる。俺も物欲は無い方だけど、この2人はもっと無欲なんじゃないかな。とはいえ、そんなにホイホイ買える程は渡せていないけども。
店を出ても少し考えていた瑞さんが、何かを思い付いたように乏来さんに耳打ちする。何かを聞いたらしい乏来さんがにんまりと笑った。
「それは良い案だ」
「何、なに?」
「桐島さんには内緒です」
「えー」
暫く気になって、歩きながらしつこく食い下がったけど2人は教えてくれない。いつの間にか自宅の前まで着いてしまって、俺は仕方無く諦めた。何か買ったら分かるだろう。
「それじゃあ祐、おやすみ」
「ご馳走様でした。おやすみなさい」
「おやすみ。2人とも気を付けてね」
気を付けて、とは言ったけど、流石に神様2人に手を出そうとする輩はいないだろう。軽く手を振ってから俺は自分の部屋に帰った。
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