① 私の嫌いな……。 白田side.

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「白田さん大丈夫? 困っていない?」  コピー機で資料を作成し、廊下を歩いていると背後から声をかけられた。 振り向けば正社員の黒井さんが人懐っこい笑顔で私を見ていた。彼女は明るめの髪色をショートカットにしている快活な感じの美人だ。いつも笑顔で何かと声をかけてくれる。  派遣初日、何がどこにあるかさえ分からず戸惑っている私に、黒井さんは備品の場所を丁寧に教えてくれた。  よく見ると黒井さんはいつも誰かに声をかけていた。自分の仕事をこなしつつ、困っている人がいないか観察しているようだ。コピー機のトナーや用紙が残り少なくなると、必ず補充しておいてくれる。会社には一番に出社して、まだフロアを掃除している業者の人たちにもねぎらいの言葉をかけていると聞いたことがある。 「みんなで楽しく仕事をしようよ。正社員、派遣なんて関係ないよ」  これが、黒井さんの口癖だ。  フロアのみならず社内にいる全員に対して、同じように接するのだから大したものだ。と最初は思った。みんなの事を気にかけ、困っている人がいればすぐにフォローに入る。誰からも好かれる存在。  けれど何か、もやもやする。私は時々黒井さんの優しさを穿って見ていた。  コロナ禍も終息に向かい、会社の歓迎会が数年ぶりに行われることになった。もともと、歓送迎会などは社員だけが参加しているイベントだった。だが今回は黒井さんが『今年は派遣さんも参加して、みんなで楽しみましょう』と言い始めた。強制ではではないからと念を押したが、結局はほとんどの人が参加した。参加しなかったのは正社員の赤川さんだけだった。 ある日のこと。 「課長、お話があるのですが」  黒井さんが課長のデスクの前にいた。  どうやらフロア内でこっそりタバコを吸っている人がいるらしい。黒井さんが掃除の業者さんから相談を受けたと言うのだ。『ゴミ箱の中に吸い殻が入っていた。火事になるかもしれない』と。 「誰だろうね。困ったね」課長が小さく溜息をつき、フロア内を見回した。 「誰かは分かりませんが、吸い殻をゴミ箱に入れるのはやめるよう、朝礼で話してもらえませんか。あと、いま使用していない倉庫を喫煙室にするのはどうでしょう。吸いたい人の気持ちも分かるんです。この会社、喫煙所がないから、困っているんだと思います。私の提案が最良だとは思いません。でもみんなが気持ちよく仕事をするには……」  どの社員もそれぞれのデスクで手を動かしつつ、彼女の話に耳を傾けていた。  ふと視線を移すと、正社員の赤川さんがつまらなさそうに窓の外を眺めていた。時折「はぁ」と大きな溜息をついている。  その度に黒井さんは課長と話すのをやめ、ちらっと赤川さんを見た。
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