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絶望に打ちひしかれた俺を傍らに笑い疲れたのか悪魔は呆れたため息をこぼす。
「ははは、…ふぅ。
流石に心が弱すぎやしませんか?
坊ちゃん。
我々、何千、何万と人間を相手してきましたがここまでギモーヴメンタルな人坊ちゃんの他にいませんでしたよ。」
悪魔の冷め様にこっちもキョトンとして涙が引っ込んだ。
上着が汚れるのも構わず涙と鼻水を袖で拭おうとすると。
「こらこら、そんな上等な上着で涙や鼻水を拭うものじゃありません。
これをお使いくださいませ。」
シルクの手触りのいいハンカチを取り出した。
意外と親切な悪魔の行動にお礼を言う。
「あ、ありがとう。」
「素直な人間は好きですよ。
…契約もしやすいですしね。」
好きですよと優しい笑みの裏に何か隠していそうな雰囲気を醸し出す悪魔。
だが、俺だって泣きたくて泣いたわけじゃない。
もう二度と会えないだろうという姉が仮にも目の前にいてこれから犠牲となろうとしている。
その事に涙して何が悪いんだ。
涙を拭いてついでに嫌がらせのつもりで鼻もかむ。
その様子をバカにした様にクツクツと笑い悪魔は笑う。
「…なんだよ。」
「いや、実に子供らしく愛らしい仕返しですなとつい笑みが…おっと失礼。
それではそろそろ契約の義に移りましょうか?」
笑いをこらえて悪魔は次に進もうとする。
俺は冷静さを幾分か取り戻し、待ったをかける。
「まて、何か隠していることはないだろうな?」
悪魔と名乗るほどだ。
何か不都合な隠し事があるのではないだろうかと疑って食ってかかるくらいがちょうどいい。
すると痛いところを突かれたのか嫌そうな顔で悪魔は渋々答えた。
「…有りますが教えません。」
相当罰が悪いのだろう、鳥顔が歪んでいる。
「じゃあ質問を変える。
これから僕はどこへ連れて行かれる?」
悪魔は確か、人形同士を戦わせると言った。
この狭いおもちゃ屋で戦うことはおろか俺以外の人間がいない。
恐らく、別に闘技場か何かあるのだろう。
「それはついてからのお楽しみです。」
「じゃあ、契約は成立だ。」
俺がちょっと強気に出ると悪魔は少しイラっとしたのか嘴から牙がのぞく。
「し、し、仕方がないですねぇ。
ヘルですよ地獄!じ・ご・く!
全く、なんで人間なんかに一々説明しなきゃいけないんですかねぇ。
我々悪魔より、脆くすぐ死ぬ存在なのに。」
完全に人間を舐めきっている態度。
鼻に付くが上手く挑発すれば何か使えるかもしれない。
「嗚呼、俺らはすぐ死ぬ。
だから情報は一つでも多いほうがいい。
有能で崇高な悪魔にはちっぽけな存在だ。
それで、地獄へ行くというと俺らは死ぬのか?」
「…死にはしません。
ソロモン王の命ですからね。
七日だけ、臨死体験してもらいます。
体はこちらで保存管理し、負けた時点で人形化が進みます。
その七日間で勝ち抜かなければいけないんです。」
これは裏がありそうだなと頭の片隅で情報を整理する。
上手くいけば出し抜いて戦わずして勝つことも可能かもしれない。
俺は根拠のない自信に突き動かされて悪魔を見据える。
「なぁ、その契約を書面にできるか?」
悪魔は書面にすれば嘘偽りを書かないと聖書で読んだことがある。
契約に嘘偽りは悪魔であってもご法度なのである。
「ええ、ええ、できますとも。
我々は契約を第一とする生き物ですからね。」
強気な返答に俺は左手を差し出す。
「契約成立させよう。」
「ありがとうございます坊ちゃん。
では書面を作成させますのでしばしお待ちを。
嗚呼、おもちゃ屋のカウンターに椅子がありますからそこでごゆるりと。」
顎を差し向けて指示をする悪魔。
言われるがまま、どっかりと座ると落ち着いたのか眠気が襲ってうとうと舟を漕ぐ。
微睡みの淵、姉の優しい笑みが見えた気がした。
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