amaryllis

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 奥の間は埃っぽくものが散乱していた。 避けながら歩くが人形を抱えているため、重心が取りづらい。 急に悪魔が立ち止まり振り向く。 「嗚呼、そうだ。 ロバート様、この先、如何なる悪魔に出会おうが理不尽な目に遭われようが折れないでいてくださいね。 私は、貴方様に賭けているのだから。」 意味深な言葉を残し儀式用の魔法陣を書く悪魔。 羊皮紙にサインをしてしまったその瞬間から俺の覚悟は決まっている。 姉の死の真実を知るためにどんな手でも尽くすと。 やがて、悪魔は魔法陣を書き終えると、人形を中央に置けと指示を出してくる。 「ここでいいのか?」 魔法陣の線を踏み消さないよう、そうっと忍び足で中央まで行って設置する。 「ええ、結構です。 それではロバート様、こちらにお立ちになり、私に続いて唱えてください。」 悪魔の隣に立ち、深い深呼吸をする。 妙な緊張感で気持ちが高ぶるがこれは武者震いだと自分に言い聞かせて焦りを沈めた。 「では、いきますよ。 エロイムよ、エッサイムよ。」 「エロイムよ、エッサイムよ。」 悪魔の言う通りに唱える。 「我、深淵を求めるもの。 地獄の元より救いを求める汝の手を掴むものなり。」 「我、深淵を求めるもの。 地獄の元より救いを求める汝の手を掴むものなり。」  唱え終わると魔法陣から白い靄のようなものが人形に入っていく。 「おめでとうございます。 儀式は完了いたしました。 それでは、ドールのお名前をお決めください。」 悪魔は静々と名前を決めるように迫る。 名前か…。 見た目は姉だが、姉が傷つく姿も思い出を汚されたくない。 だから姉の名は使わないことにする。 「…アマリリス。」 小さく白い花。 姉が好きだった花の名が頭にパッと浮かび呟く。 すると人形が立ち上がり、こちらへ近づいてきた。 「貴方に問いましょう。 契約を交わした人間よ、貴方はこの戦いに何を望みますか?」 少女とも女性とも取れる声音で人形は問いかける。  迷いなく俺は答えた。 「この戦いに意味はない。 俺は姉の死の真相を求め続けるだけだ。」 そう言い切ると人形は見る見る間に厳しい顔になり、俺の胸ぐらを掴んで詰め寄る。 「この、愚か者! 戦いに異議を見出さない人ほどすぐ負けるものですよ! 全く、カイムさん、本当にこの契約者大丈夫なんです?」  呆れたのか飽きたのか人形は俺の胸ぐらを離して今度は悪魔に抗議をする。 姉の形をしてもお淑やかさは見た目だけで性悪な人形を引き当ててしまったらしい。 呆然と俺は二人のやりとりを見ていることしかできない。 「ええ、ええ、落ち着いてくださいアマリリスさん。」 「ちょっと!なんで契約者が名付けた名前で呼ぶのよ! 私の本当の名は…あれ? 何だっけ?」 首を傾げながら本当の名前を必死に思い出そうとする。 だが思い出せないらしく目を白黒させながら喚いている。  収拾がつかないと思ったのか悪魔は咳払いをし、説明を続ける。 「コホン、そろそろよろしいでしょうか?」 「嗚呼。」 「良くないわよ!」 人形が喚くが無視して悪魔は喋り出した。 「では、失礼いたしまして、お二人にはこれからリンボへ行ってもらいます。 今宵から七日間、戦うのも良し、他マスターと同盟を結び生き残るのも良しのドールズテイカーに参加してもらいます。何かご質問はありますかな?」 人形が反論する前に口を塞ぎ質問する。 「一ついいか。」 「どうぞ。」 「他マスターは何人いる?」 悪魔は考えるふりをしているがニヤついている顔は悪巧みをしていることを隠そうともしない。 「そうですねぇ…七人ほどでしょうか。」 それ以上は何も言わないぞという体で含みのある言い方をする。 俺も人数を聴いただけでそれ以上の情報を聞き出せないと踏んでいたので納得して頷く。 「七人が全員悪人だろうが善人だろうが生き残ればいいんだな?」 「ちょっ、勝手に話を進めないで! 私の意思は?」 「残念ながら、契約上、マスターの指示に従うのが悪魔というもの。 呼び声に答えた以上、契約は成立しています。」 諭すように悪魔は言った。 人形は憎々しげに俺を睨みつけ、おし黙る。 俺はその綺麗な顔が憎悪に歪む事が残念だと思う。 姉は美人で俺の街でも美人だと称されたのに。 「では、双方、よろしいですな。」 否応無しに肩を掴まれ部屋奥に連れ込まれる。 更にムッとした空気が流れて気持ち悪い。 思わず口元を抑えると悪魔は愉快そうに浮き足立つ。 「嗚呼、人間にはこの瘴気はキツすぎますな。 では手早くご説明を。 今からロバート様達をリンボへお送りします。 私どものお仲間がそこにいますので指示に従ってください。 さて、ではこちらへどうぞ。」    悪魔が奥から引きずってきたのは棺桶だった。 年季が入っているのか随分と古いが中身は革張りでとても柔らかそうだ。 「こ、これの中に入れと?」 戸惑いながら聞くとハイとだけ答える悪魔。 流石に死んでもいないのに棺桶に入るのは抵抗がある。 隣の人形もなんとも言えない表情で抗議する。 「ちょっとまだ私は死んでいないし何より棺桶一つしかないってことはこの男と一緒に入るってことなの? 冗談よね?」 「冗談じゃありませんよ。 私どもはいつでも本気でございます。 我々は地獄の使者、堕落を司るもの。 人間の堕落、つまり死に通じていて当然でございましょう?」 得意げにいう悪魔に納得してしまう。 抵抗はあれどこれしか方法がないのならと棺桶に入ろうとする。 ふと、服の裾が掴まれて振り返ると不安そうな人形がいた。 「…あんたはこれで良いの?」 どうやら曲がりなりにも心配してくれているようだ。 その手をそっと取る。 「大丈夫、俺が決めた道に文句は言わない。 お前も力を貸してくれるなら嬉しい。」 馬鹿ね、大馬鹿ものよとブツブツと言いながら人形も棺桶に入る。 妙な仲間意識が芽生えた瞬間であった。 二人が寝転がると蓋を閉められる。 『それではお二方様、いってらっしゃいませ。 嗚呼、そうだ。 目は閉じたほうがいいですよ。 怖いものを見たくなければね。』 悪魔のぐぐもった忠告に苦笑い混じりで答えて瞳を閉じる。  瞬間、俺たちは意識を失った。
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