言葉

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言葉

 はじめに言葉があった。  聖書の冒頭は、こう始まる。僕の家には、聖書があり、小さい頃には教会にも行っていた。どうして、こんな人生になったのか考えているうちに、突然、この言葉が浮かんできた。  これまでに、投げかけられてきた、たくさんの言葉。うれしくなる言葉。楽しくなる言葉。辛く、悲しくなる言葉。その言葉の一つ一つが僕の心を揺らし、人生を揺らしてきた。  聖書には人生の答えがあるのかもしれない。でも、少しおかしくなってきている僕の頭では、約1700頁に及ぶこの本を最後まで読む集中力などなく、最後の黙示録を開き、その不可思議な、理解できない章を少し読んで、聖書を閉じた。  母は僕が生まれた時、何と声をかけたのだろう。今となっては、解らない。  だけど、最期の言葉なら、どうだろう。僕だけが知っている人生を締めくくる僕だけの大事な一瞬。  誰しもいつか、人生の夕暮れがやってくる。たぶん、僕は、生まれた時から既に人生の夕暮れの中の居たのだと思う。友人達とは、違う時間の中で生きていたのに、気づかずにいた。  小さい頃から、変な子供だった。筆箱の中は分解された文房具がいっぱいで、コンパス、ハサミ、消しゴム全てをバラバラにしないと落ち着かなかった。不器用だったし、友人達がすぐに出来るような事も簡単にはいかなかった。そして、出来るようになるまで頑張る根性もなく、出来ない自分が普通の自分であって、それ以上になりたいとも思わず、ただ生きていたというよりも、息をしていただけだったのかもしれない。  中学の時にいじめに遭った。いじめられる要素はあり過ぎるほどあったと思う。それを引きずったまま高校生になり、女子からの一言が一撃となり、夕暮れから夕闇に入り込んでっしまった。  思い出していた。中学生の時に読んだノルウェーの森を・・・。 入り込んだみたいだ。あの時には、わからなかった独特の世界が、今の僕には悲しいほどにわかり過ぎる。    僕の16歳から21歳までの5年間は、ずっと時間が止まったままで、何一つ変わっていないようなのに、体だけは成長した。16歳の頃より20㎝は背が高くなり、顔には髭が生えてきてこのまま40歳、50歳になって行くとおもうと涙が止まらなくなった。時々、物凄い怒りに襲われる事があり、何度も自分の太腿を拳で殴り、そしてどうすればいいのかわからず、テレビを見る。見ているうちに笑っている自分に気づき、また現実にもどる。  僕の21歳は、明らかに、他の21歳とは、違う。  お酒を飲んだり、デートをしたり、仕事を頑張ったり、そんなありふれた事も夢でしかなく、只、ぼんやりと毎日を過ごしているだけの自分がいる。  そうだ思い出した。小学生の時、実習の帰りに女子から、手をつないできた、どうして手なんかつなぐのか、意味がわからなかったが、今、思い返して見ると僕にも、いい思い出があった。    神様からの、プレゼント。ひとつ見つけた。  主治医からは、外に出ることを勧められていたが、日中、外に出るのは、辛すぎる。夜、人気がなくなった頃、散歩に出かけるようになった。  家の近くの公園に行き、東屋で、空を眺める。星がきれいだ。もし、病気じゃなかったら、こんな時間にこの場所で星をきれいだ・・・なんて思うこともなかっただろう。      神様からの小さなプレゼント。 また、ひとつ見つけた、      この東屋には、誰か住んでいるようで、Tシャツやタオルが置いてある事がある。昨日は鍋が置いてあった。ここの住人は、何を食べたのか・・・鍋の中を覗いてみたが、きれいに洗ってあるからわからない。外で作るなら、インスタントラーメンが相場だろう。サッポロ一番なら醤油味。小葱を刻んで入れただけのシンプルラーメンか、キャベツ、人参、玉葱、ハムを1枚千切りにして炒めて、ラーメンの上にトッピングするのも良し。そんな事を考えながら、時間を潰す。    生きているというのは、生き生きとしているのが、本当だろう。僕のは、息をしているだけだから、生きているではなくて、息してるがハマるだろう。息をしている間は死にもしないし、腐りもしない、死んで腐ってしまったほうが楽になれるかもしれない。だけど、僕には、息を止める勇気もない。    明日も、この場所にくるだろう。いつか、ここの住人に遭えるかもしれない。4次元的に考えるなら、ここの住人は数年後の自分だと思う。  きっとそこには、今日と同じ星が輝いている。
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