1 羽化

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「あなたは私を嫌いだと言った。自分が周りに嫌われない為に、受け入れられる為に、押さえ込んだ全てである私が嫌いだと」 鏡の中から伸び出てきた揚羽の手は、怯える私の肩を掴み、ヌルリと鏡から頭を出した。 「ひぃっ」 「あなたが必死に押さえ込んでいた全てが、自分の目の前で成功する姿を見たら、それは当然私を嫌いな理由になるわよね」 揚羽の顔は、初めて見た時のように、不気味で妖艶な笑顔だった。そんな笑顔のまま、揚羽の手は私の顔を、まるで大切な宝物のように撫で上げた。 「私は、私を狭く暗い所に押さえ込み、閉じ込めた、あなたの事が大嫌い」 そう言って、私の顔を掴んだ。その手は徐々に力が込められた。そしてその綺麗な顔は、憎々しげに歪められてゆく。 「…でもね、私はあなたの事が大好きでもあるの。だって、あなたが私を作って、私をこの世に送り出してくれたから」 「私は…自分の嫌いな部分が、目の前に現れて嫌でしかないっ。好きになんてなれない。もう私の前から消えてよ!」 頭を振って、揚羽の手を振り払おうとしたけど、揚羽の手は私の顔を離すことはなかった。 「私が消えない理由、分からない?」 揚羽は更に鏡から身を乗り出した。そして私に顔を近付けた。 「あなたがそうやって、私を嫌うから」 間近で揚羽がまたニィッと笑った。私は恐怖で足が震え始めた。 早く誰かここに来て、この悪魔のような女を消し去って欲しい。じゃないと、すぐにでも私は、揚羽に食べられて、呑み込まれてしまいそうだ。 「考える時間は、チャンスは沢山与えたのに…残念だわ…」 その顔は、全く残念そうな表情ではなく、だけどさっきまでの恐ろしいものではなく、むしろどこか憐れむような表情で… 私はそれもまた恐怖に感じて、体を震わせながら、涙を溢れさせた。 「私はあなたが大嫌いで、それ以上に大好きよ」 だって、あなたは私だから… 揚羽は最後に何かを呟いていたけど、残念ながらそれは、私の耳には届くことはなかった。
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