イケメンは俺に惚れているらしい

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人参を一口より少し大きく切りながら、鍋では玉ねぎを弱火でゆっくり炒めていく。料理が得意な訳ではないけれど、カレーだけは親と一緒に作ったお袋の味がある。台所では食材を切る音、炒める音がしていた。そんな中で、久しぶりに聞こえてくる他人の風呂に入る音。この音が何故だか凄く嬉しく感じた。当たり前だったものが帰って来た。 「今日はカレーか。うまそう。」 「アッキー好きでしょ?」 「うん。」 匂いにつられて風呂から上がったアッキーが濡れた頭をタオルで拭きながら台所にやって来た。既に暫く煮込めば完成となるカレーの鍋を覗いて、まだ心なしか赤い目尻をくしゃりとさせて微笑む。その赤い目を見ると不意に、ほんの数時間前のことを思い出して恥ずかしくなってしまう。良い年した体格の良い大学生男子が、相手を慰めるために抱き締めて肩で泣かせるなんて普通はやらないだろう。あの時は衝動に任せてアッキーを安心させたくて泣き止んで欲しくて動いた結果だった。それに対してアッキーも何も抵抗せずに静かに落ち着くまでじっとしていた。未だにその感触が残っている。サッカーの試合で、ゴールしたあとに力任せに嬉しさを分かち合う感触とは全く違う。切なくて、苦しくてどこか甘ったるい複雑な上手く言えそうにない感触だった。あれは何だったのか。もう一度腕に抱き止めたら今度は分かるのだろうか?せめて、あの時と同じように手でも握ったら分かるのだろうか。カレーの鍋を楽しそうにかき混ぜるアッキーの手を見ながら、反対の留守になっている手にそっと手を伸ばした。これは単なる好奇心で、決してアッキーと手を繋ぎたいとかそういうのではないのだと頭で何度も繰り返した。 「はっくしゅん!」 「はい!何もしてません!!!」 「あー……?何がだよ。」 「いえ、何でもないよ。それよりアッキー髪の毛先に乾かそうか。風邪引いて練習出来なくなったら困るもんね。」 「じゃあ、よろしく。」 えっという声も出ないまま、俺の手を取って洗面所に連れて行きドライヤーだけ取ってまた部屋に帰ってくる。そして俺をソファに座らせ、自分は俺の足の間に座り込みドライヤーをしっかりと俺に握らせコンセントに電源を差す。準備が出来たとばかりに濡れた頭を差し出してきた。 「えーっと、つまり俺がやれってことですか。」 「そう!よろしく~最後まで責任取れよ~!」 責任とは何なのか。連れて帰ってきたことか。慰めたことか。どこまでが責任になるのか全く分からないがこういう所があるから、ついこの人を可愛いと思ってしまう。ふいに手を握られても特に何も分からなかった。シチュエーションって奴が大事なのかもしれない。形の良い頭をひと撫でして、ドライヤーをあてる。普段使わないドライヤーは最早アッキー専用とも言って良い。とはいえ、アッキーもドライヤーが好きな訳ではない。たまに使う時は急いで寝たい時くらいだ。少し固い髪に指を通して乾かせば、気持ち良さそうに目を瞑って俺に身を預けてくる。信頼されてるなと、アッキー俺のこと大好きじゃないかと思いながら所詮らただの召し使いなのかもしれない。それでも、ここまで安心して委ねてもらえるのは素直に嬉しい。召し使いでも便利屋でも良い。弱って不安を抱えている中で、俺の場所だけは少しでも落ち着けると思ってくれれば本望ではないか。たった5分。アッキーの短い髪を乾かす間のその間、俺の中で芽生え始めている何かを感じた。これは友情か、それとも親愛、家族……それ以上の特別な何か。乾いたよとドライヤーを止めて、頭をまた撫でる。そうすれば、満足気な顔が振り返る。ご飯食べようか。と立った所で腕を引かれ、またソファに引き戻された。 「あのさ、お前が居てくれてよかった。また、明日から頑張れる。」 穏やかな表情だった。でも、確かに覚悟を決めた男の顔をしていた。 「うん。アッキーなら大丈夫。俺も応援してる。」 そう言えば、心底嬉しそうに口元を緩ませるから、つられて俺も口元が緩んだ。ぼんやりとした俺に芽生えた感情は決して悪いものではないはずだ。こんなにも幸せに思えるんだから。
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