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「オムライス一つなんて足りないだろ。大盛りにしてもらったから。これ、サービスな。」
そう言って、秘密だからなと笑った。初めて入った喫茶店の爽やかなお兄さんにこんな風にしてもらえるなんて嬉しくて、またここに来ようと思った。これが、もしかしたらこの人の作戦だったのかもしれない。
最近俺は週五日通う喫茶店がある。安いしうまいし綺麗だし、何より静かで長い時間いても怒られない。ハードな部活のあとでは勉強できないってのもあるし、家で勉強に集中できない大学生の俺にとって昼間の部活までの空き時間で今日習ったことを復習するお気に入りの場所だ。
「いらっしゃいませー。」
「えと、」
「オムライス一つでしょ?」
「あ、はい」
さわやかに笑ってカウンターの中に入っていくいつもの店員のお兄さん。こういうやり取りは子供のころから憧れてて、俺もついに常連客だなと内心にんまりとした。初めて店で会った時から優しくしてくれたお兄さん。実はここの前に会ったことがある。駅のエスカレーターですれ違った。やけに視線を感じて目をやるとこのイケメンのお兄さんがじっと俺を見ていた。綺麗な顔をしていたから思わず俺もじっと見つめ返していた。そしたらある日、この店に来たら客と店員という立場で再会した。それっきり俺が行くと必ずいつも接客してくれる。それ以前にも見たことある顔だっていうのもあるし気になっているのだけど…思い出せない。
「はい、水。あとこれ、昨日忘れていったでしょ。」
「あ。」
渡されたのは俺の学生証。
「ありがとうございます!あっぶねー…明日の講義これで出席とるから助かりました。」
「松田…あお、い?」
「はい!」
「ふーん可愛い名前だよね。」
「それは女の子に言うセリフですよ。」
「いいじゃんいいじゃん。」
「お兄さんは?」
「名前?秋山達也、碧の一つ上だよ。」
いきなり碧って名前を呼び捨てにされて驚いた。と、同時に秋山達也と聞いて思い当たる節があった。
「秋山さんってサッカーやってますか?」「なに、俺のこと知ってたの?」
そうだ。思い出した。うちのマネージャーが最近かっこいいと騒いでいる一つ上の選手だ。このお兄さんはサッカーの名門の学校のディフェンダーのスタメン様だ。どっかで聞いたことがある名前だと思ったら同じ業界だったからと納得した。
「まあ俺も碧のこと知ってたんだけどね。」
そうにやりとあの初めてここを訪れた時のようにいたずらっぽく笑われた。この人の笑顔は何か麻薬めいたものがあるんじゃないかと思う位に胸を高鳴らせる。きっと多くの女性を苦しめてきたのだろう。俺とはそういう意味でも、サッカーのレベルでも遠い存在の人なんだろうなと少しちくりとした。
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