イケメンは俺に惚れているらしい

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「秋山達也って知ってます?」 そんな話を持ちかけたのは部活の先輩だ。実力は相当でアッキーと同じく雑誌に取り上げられたりもしている。 「当たり前だ。よく話すよ。何、碧の癖に会ったことあるの?」 「俺の癖にって、アッキーは常連の店でバイトしてるんです。それで仲良くなって…。」 「へーそれで。」 「先輩はアッキーのことどう思いますか。」 「どうって?まあアイツお茶目でかわいいよな。最初はクールなやつかと思ってたら、以外にも表情くるくる変わってよ。こりゃあ女からモテるわって納得した。」 「ですよねー!アッキー可愛いですよね!」 そう言った瞬間先ほどまでにこにこと楽しそうに話していた先輩の表情が曇った。俺は何か変なことを言ってしまっただろうか。先輩の話に同意しただけなはずだ。別に変なことは何も言ってないはずた。 「お前気持ち悪っ。」 急になんだなんだ。いきなり気持ち悪いって。俺がアッキーのこと可愛いって言ったこと?しかし、それは先輩も同じことを言っていた訳でなぜそういわれなければいけないんだ。気持ち悪くなんかない、可愛いものを可愛いと思って言っただけだ。何故だか背中に嫌な汗が流れた。 「どんだけアッキーと仲良しになってんだよ。顔にやけ過ぎだろ。」 「なっ、にやけてなんかいませんよ!」 「いや、凄いデレデレしてた。ただでさえたれ目な癖にさらに垂れてた!」 「酷い!」 一瞬固まった空気は再び騒がしくなり、笑い声が起こる。 「やー、でもアッキーは魔性の魅力持ってるからな。アッキーの先輩と話したことあるんだけどな、一時期すごい懐かれて引っ付かれてたんだって。そしたらある時アッキーに欲情しちゃって、これじゃマジになるって考えてから距離を置いて心落ち着かせたみたいだぜ。そういう俺も一瞬やばいって思ったことあるしな。」 豪快に笑った先輩に合わせて笑っていたけれど、正直気が気じゃなかった。その話を聞いた瞬間に、さっき気持ち悪いと言われて何故焦ってしまったのかが脳裏に浮かんだ。そして、頭の中に警告音が流れ出す。それを知ってしまえば今と同じように過ごすことは出来なくなると、予感していた。 「あ、そういえばこの間アッキーのとこの監督が入院してしばらく監督代替わるって聞いたな。」 「そうなんですか。でもどうせアッキーのことですから監督が替わっても関係ないんじゃないすか。」 「俺もそう思うわ。またアッキーと雑誌の撮影一緒にならねぇかな。お前とのこと聞きたいし。」 「何すかそれ、やめて下さいよ。」 サッカー選手にとって監督が替わることは今までの監督と築き上げた信頼がゼロになり、また一からその信頼を勝ち取らなければならない。先発であった選手は外されないようにし、逆にベンチであった選手はチャンスの瞬間でもある。ピタリと新しい監督の目にとまれば先発に定着するのだ。それでも名門のチームでスタメンを一年生の頃から定着させてきたアッキーにはそんなことは些細なことではないと俺は先輩と共に世間話のようにしたのだった。 そんな風に話していた矢先、数日あんなに頻繁に俺の部屋に出入りしていたはずのアッキーが来なくなった。家に帰ると一時間ほどしてインターホンのチャイムが鳴っていたのにぱたりとなくなった。別に約束をしていた訳でもないし、気まぐれな人だからもしかしたら飽きたのかもしれない。俺のところよりも良い場所を見つけているのかも。新しい彼女が出来て相手をしているのかもしれない。だから別にアッキーが来ないからと言ってどうという訳ではないんだ。今までアッキーが居たから喫茶店の気分で出来ていた課題も家では集中できなくて一か月が経った頃久しぶりに喫茶店に顔を出した。いつものようにオムライスを頼む。いつものように課題を広げる。いつもの喫茶店のはずなのにどうも落ち着かない。 「お待ちどうさま。今日はね秋山くん休みなんだよ。」 「えっ、あ。」 「ん?違ったかな。なんだか気になってるみたいだったから。」 「そ、うなんですか……。」 マスターに指摘されてはっきりと自覚する。俺は課題をやりに来たのではなくてアッキーに会いに来ていたのだ。 「それに久しぶりだね。前はよく来てくれてたのに。」 「あ、すみません。また通わせてもらいます。」 「そうしてくれると助かるよ。最近秋山くんがバイトに入ってくれないから女の子たちもぱったり途絶えちゃってね。」 「来てないんですか?」 「一か月くらい前かな、サッカーに集中したいから暫く休みたいってさ。おじさんも秋山君の元気な姿大好きだから最近寂しいんだ。」 「……。」 そう寂しそうに言うマスターは他の客に呼ばれ、注文を作りに厨房へ戻っていった。サッカーに集中したいから。そうマスターにアッキーは言ってバイトを休んでいる。今までサッカーとバイトを両立していたはずなのに、急に長く休みを取るのは正直どこかおかしい。それに一か月前だと丁度俺の家に来なくなったのと時期が被る。つまりはサッカーに関して何かあったということだ。サッカーに集中しなくてはならない状況、他のものに余裕がなくなってしまったのはなぜか。 『あ、そういえばこの間アッキーのとこの監督が入院してしばらく監督代替わるって聞いたな。』 この間先輩と話したことが頭の中で反響する。もしかすると考えていなかったことが起こっているのかもしれない。それならば、姿を現さない理由に納得がいく。とりあえず早く食べて、それから本人に直接聞きに行こう。あの人のことだから一人でいると生活がおろそかになるに決まっている。そう決断してオムライスを口にすればすっかり冷めてしまっていた。
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