イケメンは俺に惚れているらしい

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正直今までが出来すぎていたのだ。インターネットで調べれば注目選手であり人気選手であるアッキーの情報はすぐに出てきた。中学生の頃から注目され始め、高校は全国区の強豪チームで活躍。優勝こそしなかったもののベストエイトのメンバーだ。怪我もなく、安定したプレイ。まだ粗削りなところがあるがプロ確実の選手だという評価だった。一緒に過ごしていてもアッキーのサッカーについてなんにも知らなかった。むしろ調べようと、知ろうとしなかった。前にアッキーにサッカーについて話をしようとしたことがある。でも、すぐに話は切り上げられて極め付きに「オフでサッカーの話したくない。」というサッカー小僧とは思えない発言であった。同じサッカーをしている身としては信じられなかったけれど、アッキーだからで片付いてしまった。そんなことを思いながら、俺の足は電車に乗りアッキーの通う大学チームの練習場に来ていた。もう練習は終わる時間。ぞろぞろとお疲れ様でしたという声と共に人が流れていく。その人の中を目を凝らしてアッキーの姿を見つけようとするが見つけられない。もしかしたらもう帰ってしまったのだろうか。そう思いながらひとりを捕まえて尋ねるとまだ荷物が残っていたと言う。すれ違っていないことに安堵しつつもどこにいるのだろうと、人気もなくなったグラウンドに足を進めた。部外者がここまで入ってはいいものかと思ったが、咎められたらその時だと覚悟を決めた。ナイターの電灯が消えて辺りは真っ暗になっている。部室かなとグラウンドを後にしようとしたとき、誰かの走る音が聞こえた。暗くてよく見えないが、確かに走る音がしてこちらに近づいてくる。 「はっ、はっ、はっ、………。」 息遣いと時たま聞こえる鼻を啜る音が次第に近づいてきた。久しぶりに見るあの人は随分と小さく見えた。 「久しぶり、アッキー。」 「はっ…?!なんで、っお前。」 俺の存在に気付いたアッキーは息切れしながら驚いていた。月明かりや遠くの街灯からわずかに届く光によって見えるアッキーのは酷く弱弱しかった。黙っていると向きを変えてまた走り出そうとした。反射的にその逃げようとする腕を取った。 「ちょっと、せっかく人が来たのに逃げるの?」 「俺は別に呼んでないし、会いたくもない!離せよ。」 「泣いてるから?」 「ちげぇし、ただの風邪だし。」 「風邪なら早く休んだ方がいいよ。どうせ栄養あるモノとってないんでしょ。」 「碧には関係ないだろ。」 「関係なくないよ。あんだけ人に世話させといて。」 「……。」 本当に嫌なら腕を振り払っていくことも出来るのにそんなのことをしないのは多分、嫌じゃないから。体調的にも精神的にもきっと参っていて、本当は誰かに側にいて欲しいんだと思う。でも、そんな姿を俺には見せたくなかったんだと思う。それなのに俺がきて戸惑っている。俺はアッキーの年下で、いつも甲斐甲斐しく世話を焼いて、時にはパシリみたいにも扱う。そんな俺にかっこ悪い姿を見せたくなかったんだ。男のプライドって奴だ。俺にもよくわかる。だからこそ黙り込んだアッキーの行動を俺はじっと待った。 「レギュラー、外された…。」 観念したかのように吐き出された言葉は、やっぱり予想していた通りだった。それでも半ば信じられないような気もして思わずつかんだ手に力を入れてしまった。 「俺のとこ、監督が替わったんだよ。前の監督が俺を欲しいって連れてきてさ。だから、今まででその監督に応える為にやってたんだ。でも、新しい監督は守備を固めたいって。俺さ練習終わったら直ぐにさっと帰るんだけど……、監督が替わってもいつも通りやってれば試合に出れると思ってた。それが違ったんだよな。練習以外にもアピールしなきゃいけなかった。それに気付いたのは遅くて、気が付いたら俺の場所無くなってた。……ベンチからもこの間は外された。自信なくなっちゃうよ。」 ぽつりぽつりと呟くと同時に大きな眼からは悔しさに押し出されてアッキーの気持ちが頬を流れていく。自嘲する笑みを見せて、目は後悔の色で淀んでいた。それが俺に見られていようが関係無いようで僅かに届く光がそれをキラキラと反射していた。あの大きな態度は何処に行ったのだろう。 「……。」 俺はなんて声をかければよいのかわからなかった。掴んだ手もいつ離せばよいのか。それすらも分からなくて、まるで、そう。壊れ物を扱うように優しく引き寄せて、顔を見ないようにアッキーを腕の中に招いた。かつて初めて出来た彼女に触れる時を思い出した。男の身体とは別で小さくて柔らかく頼りない女の子の身体に触れたあの時。でもいま、中にいるのは俺より年上の男で、体つきもしっかりとした人だ。それなにの、力を入れてしまえば同じように壊れてしまいそうだと思うのはどこから来るのか。アッキーも受け入れるがままに動かないでいる。ただただ、沈黙の時間が流れて静かだった。どれほど時間が経ったのか。冷たい風に吹かれて手が悴んでいく。 「今日は帰ろう。俺の家でご飯食べよう。」 そう俺が言えば、アッキーは顔を俺の肩に押し付けた。
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