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美術室にて
そうはいっても、美術室は私にとって神聖な場所だった。でも、ある出来事をきっかけにその概念は崩壊する。
「失礼します」
美術準備室には、美術部員たちの道具も置いてある。ただ、うちの美術部は廃部寸前で、ほとんど生徒が出入りすることはないから、いつも美術の先生たちの根城になっていた。だから、入る時には必ずノックをしないといけない。
「入りますね」
在室になってはいるが、人の気配はない。私はいつものようにすたすたと美術準備室に入っていった。すると、
「やっぱりこの角度、いいよなあ」
どこかからぼそぼそと声が聞こえてきた。道具を取ったら、出ようと思っていたのについその声が気になってしまう。
「このもっちりした質感。思わず触りたくなるよなあ。どうやったらこういう風に描けるんだろうなあ」
恐る恐る声の方に近づいていく。私が近づいているにも関わらず、彼はどうやら気づいていないらしい。何をぶつぶつと呟いているんだ。
「何を見ているんですか? 深山先生」
美術準備室の隅っこで何やら画集らしきものを見ていた先生に背後から近づく。ついでにいうと隙をついて、その画集を取り上げてやった。
「うわあああ!! 一ノ瀬!! どこから出てきた!? 返せ!!」
先生の猛攻を素早くよけて、画集を見る。そのページには、有名な画家たちが描いたらしい西洋、東洋の裸の女たちがずらりと並んでいた。
「先生……!! 学校で何考えているんですか!!」
見てしまったこちらが赤面する。ようやっと私から画集を取り返した先生も赤面していた。
「お、男のロマンだからな!!なんか……その……女性の体って神秘的できれいだからさ、いつか俺もこういうの、描いてみたいなって思うんだ」
先生は、どうやらエロ本と裸婦の絵は別物だと主張したいらしい。
「本当ですか……?」
私はその言葉を疑わずにはいられないけど。
「本当だ!! 本当!! 俺を信じてくれ!!」
先生があまりにも必死に言うので、私は思わず笑ってしまった。学校で腹を抱えて笑うなんて初めてかもしれない。
「誰にも言うなよ。2人だけの秘密だからな」
私がようやく落ち着いたのを見計らって、先生が小指を差し出す。まだ顔が真っ赤だ。
「はい」
私も先生の小指に自分の小指を絡める。私の小指の2倍くらいはあるだろうその指に包み込まれるとなんだか暖かくて安心感を覚えた。
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