#7

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 とあるホテルの広間の一室には、様々な人が集まっている。 広間の奥にはステージがセットされていて、本の出版記念パーティーらしい幕が掲げられている。  その空間、ひと際人の集中している中にシックなドレスを身にまとった女性がひとり。 「ご招待ありがとう、リエ」 長い黒髪をひとつに結び、派手派手しくもなくかといって地味というわけでもない、好感の持てる黒いデザインスーツを着た女性が中心にいた女性をリエと呼び声をかけた。「もしかして、留美ちゃん?」 「もう『ちゃん』付で呼ばれて喜ぶ歳でもないけれど。リエは相変わらずみたいね。華々しく活動しているようでなによりだわ」「そういう留美ちゃんだって、まさか学校の先生になるなんて」「まったくだわ。でも、平凡な私が先生をやった方がいいのよ。平凡だからこそ平凡な子の気持ちがよくわかるから」 再会の言葉を交わすふたりの間にひとりの男性が一礼してリエに近づく。 「お話し中すみません。小山先生、そろそろご挨拶の方を……」 「ああ、そうね。じゃあ、ちょっとだけ待っていて、留美ちゃん。話したいこと、いっぱいあるのよ」  留美に背を向けステージに向かって歩くリエの後ろ姿は、十五年前、留美の後ろを付いて歩いていた控えめさはない。  堂々としていて成功した女性のひとりという威厳みたいなものを感じる。 「本日は、私小山リエの新作『妬みの歯車』出版記念パーティーにご来場くださいましてありがとうございます。既にお目通し下さった方もいらっしゃると思いますが、この物語の舞台でもある聖女学園は五年前まで実際に存在していた学園です。そして私はその学園に在籍しておりました……」  聖女学園は五年前、経営難で閉校してしまっている。  閉校する数年前から在校生から得られる資金だけでは難しく、卒業生に寄付を募った程だった。 「私が入学した頃はまだお金持ちのご息女方が多く、それは華やかなものでした。その中で人付き合いの苦手な私は大切な友と出会います」 いい事も悪い事も経験して人は成長していくものだと思う、そう挨拶の言葉を綴った。  ◆◇◆◇◆  五年前、留美の父が他界をした。  その葬儀にひとりの中年男性が留美を訪ねる。  留美にはその男性の顔に心当たりがあった。 「もしかして、春山夏海さんのお父様?」  一年の三学期に編入してきて、二年の二学期途中で転校していった春山夏海の父と顔を合わせたのは、二年の秋の発表会の時、風景画家として活動していた夏海の父が特別に学園内で展覧会を開いた、その時に一度だけあっている。  留美の父親とは大学の同期で同じ美術部だった事から、卒業後も友達付き合いが続いていたらしい。 「覚えていてくれましたか、娘の名前まで。ありがとうございます。そしてこの度は……その、今更かもしれませんが、娘のした事、あれもあれから随分と後悔をしていました」 「過ぎたことですから。それに、当の本人が成功していますし。謝るのでしたら、私ではなく小山リエにしてください。夏海さんは?」  男は空を仰ぎ、そして静かに言う。  娘は遠くにいきました……と。  そして去り際、留美とリエ宛ての手紙を手渡した。  リエにはどんなことが書いてあったのかはわからない。  聖女学園を卒業後、それぞれ別の大学に進学をし、留美は教師の道を、リエは本好きを活かせる仕事を求め出版社に入社、その後新人賞に作品を応募して作家として生計をたてている。  そんなリエから小包が届いたのは十日ほど前、中身は『妬みの歯車』という新作の本と、一枚の招待状。  デビューしてからリエは新作が出る度に留美に本を送っていたが、こうして出版記念パーティーに招待をするのは初めてのことだった。  ◆◇◆◇◆ 「お待たせ。ここなら遠慮なく話せるわ」  パーティー後、リエは同ホテル内の一室を取り、留美を呼ぶ。  連絡を取り続けてはいたけれど、直接会うのは卒業以来になる。 「読んだよ、本。偽名にしたんだね。いろいろ事情も変えてあったし」 「当然でしょう? 一応、フィクションだし。でも学校の名前はそのままにしたわ。よくも悪くももしかしたら一番充実していた時間だと思うし、実在はしていたけれど今はもうない学校だし」 「そう。私はリエがいいならそれでいいの。ねえ、わざわざ呼び寄せたのって、手紙のこと?」 「留美ちゃんの手紙にはなんて書いてあったの?」 「私? ごめんなさい……みたいなものかな。私もさ、あの時の感情ってよくわからないんだよね。でも裏切られたような感じが抜けなくて。全てを言わなくてもわかってもらえていると思っていたって言われてもね……言ってもらわなきゃわからないよ」  リエの方はなんて? 留美が聞くとリエは静かに笑う。 「私が夏海ちゃんに好意を向ければ向けるほどうっとおしかったって。でも嫌いにはなれなかったって。なんとなくね、本当は煙たがられているような空気、わかっていたのよね。でもそれを認めたくはなかった。誰だって崇拝されたら嬉しいものだって勝手に思っていたから。でも……」 「自分がその立場になって、少しは理解できちゃった……ってやつ?」 「ええ、まあ」  席を立ち窓から外を見ながら、リエは話を続ける。 「実はね、一年前。取材旅行のついでに春山画伯の個展に行ってきたの。ご本人と会えるかは賭けだったんだけれど。運よく会えて、夏海ちゃんに会ってきたのよ」  言って振り返ったリエの表情は悲しそう。 「私たちが一緒にいたのは十一か月。その期間が長いのか短いのかはわからないけど、夏海ちゃんは覚えていたよ。私と留美ちゃんのこと」「でも、五年前は……」 「お父様の話によると、時折記憶が戻るみたい。ただ、記憶はあの事件直前限定みたいだけど」 小説の中では、素性を明かさない夏帆に裏切られた感じに受け取った久留美が地下室に閉じ込めてしまうという内容になっているが、現実は中学の時に作家デビューをしたものの次の作品の評価が今一歩伸びず書籍化にはならなかった。  それを案じたリエが大好きな夏海の為にいろいろ作品の提案をしている。  本が好きでいろいろ読んでいたリエのアイデアは豊富で、その中のひとつをリエと共同で作り始める。  けれど、実際にネットで公開になった時は夏海個人の作品になっていた。  それでもリエは大好きな人の役にたてるのならと黙認をしてしまう。  夏海の人気は戻るが、リエの協力なしでは成り立たなくなっている。  読む楽しさも書く楽しさも知ってしまったリエは自分でも作品を書くようになり、それが事件の引き金となってしまった。  ネットで公開をしたリエの作品は夏海のパクリだとバッシングを受ける。  殆ど夏海の作品の代筆をリエがしていたのだから似ていて当然。  もういい加減、自分は書けないのだと公表した方がいいと留美が助言をするが、聞き入れなかった夏海は自分こそが正しいと言い張り命をかける。  そんなの命賭けたって言わない。  一命は取り留めたけれど、失った代償は大きい。  さすがにそれは公にはできない為、小説の方では地下室に閉じ込められ錯乱してしまった。  入院中に自主退学、その後父の仕事に付いて海外を転々としている……という結末にしてあった。 「それで、リエの中では許しているの?」 「恨んでもね、今の私がいるのは夏海ちゃんのおかげだし。あの時、もう少し私に勇気があれば彼女を追いこまなくて済んだのかもしれない。夏海ちゃんと合作なの! そのひと言が言えていたら。だからこの本は彼女との合作なの。もちろん、留美ちゃんもね」 「だからここに名前があるのね……小山リエの担当編集の者ですけれど、なんて突然電話来て驚いたわよ」  本の最終ページの取材協力のところに、水野留美・春山夏海とある。 「本来なら私が承諾取りに行くべきなんでしょうけれど。でも、夏海ちゃんの方は筋通さないといけないと思って」 「で、直接行ったわけね」  のち、小山リエは雑誌のインタビューでこう言っている。  経緯はどうであれ、今ではいい経験をさせてもらったと感謝をしている。  いつでも戻って来てください。  その時は『おかえり』と言いたい――と。  完結
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