#3

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「ねえ、あなたも好きなの……その本」 合格発表から入学式まではとても慌ただしく、実際入学してからも寮生活をしながらの高校生活はなかなか慣れず、友達を作るまでゆとりが出来たのは少し経ってからだった。 久留美は隣の席に座っていた小宮山(こみやま)ルリが休憩時間になるといつも本を読んでいたのを知っていた。  クラスの九割がいわゆるお嬢様で近寄りがたく、同じレベルの子と話したく思っていた久留美は自分から声をかけてみた。  クラス内の自己紹介で誰が金持ちの子で、誰が庶民の子なのかだいたいわかってしまっていたから。  声をかけられた小宮山ルリはゆっくりと本の活字から視線を久留美へと移し、小さな声で言う。 「あなたも……? って、知っているの、この本」 「ええ、知っているわ。帆波さんの『桜の下で』よね?」  久留美の言葉に表情を明るくするルリは、本の表紙を見せにっこりと笑う。  これが久留美とルリの出会い。  そしてもうひとりの女子生徒と後々出会う事になるのだけれど、それはもう少し後のこと。  ◆◇◆◇◆ 「久留美ちゃんと同室になれてよかった」  私物がふたり部屋に既に運ばれていて、先に部屋にいたルリは後から入って来た久留美にそう声をかける。 「私もよ。内心、価値観の違うお嬢様と同室になったらどうしようって」  久留美の言葉に、私も……と同意したルリは、顔を合わせクスッと笑う。  この学校がどういうところか、ちゃんと理解して入っても、実際体験して感じるものは違う。  同じ日本人だから分かり合える、そう思っても生まれ育った環境が違うとなかなか難しい。  同じような収入の家庭で育てられてもそうなのだから、社長や支社長の娘たちと上手く付き合っていくのは簡単なことではない。  それでも少しずつ分かり合えていけている生徒も既にいるのだけれど、久留美とルリは出遅れていた。  そういう生徒が多く出ないよう、最初のひと月は大部屋の寮で過ごすのが義務となっていたのだが。  部屋が割り当てられてから間もなく中間テストが始まり、それが終わると本格的な授業が始まる。  なかなか馴染めない生活に加え学校の授業に置いていかれないようにするのは大変で、瞬く間に期末テストの時期がやってくる。  これが終わると夏休みで、長期間の休みは自宅に帰ることもできる。 「ルリはどうするの、夏休み」 「実は、お母さんが単身赴任しているお父さんのところでひと月過ごすって言っていて。だから八月になったら寮に戻って来る予定。久留美ちゃんは?」 「私……?」  できれば実家に戻りたい。 「あのね、こういうのがあるの」  決断できない久留美にルリは紙を一枚見せた。 「夏合宿?」 「他にも寮に残る生徒がいるんだって。でね、毎年八月の中頃に残った生徒を中心に参加者募ってオリエンテーリングするらしいの」  久留美の脳裏に、小学生の時にやった臨海学校でのことが思い浮かぶ。  確かにあれは仲がいい人と組まないと辛い。 「ルリは参加したいんだ」 「本当はね、嫌なの。でも更に人が少なくなる寮にも残りたくないし」 「うん、わかる。それって心細いよね。わかった、それって帰省生徒も参加できるんだったよね。出来るだけ参加する方向で考えておく」  ありがとうと喜ぶルリを寮に残して久留美が実家に戻ったのは、それから二十日程経ってからのことだった。  ◆◇◆◇◆ 『はじめまして、木の実さん。「夢恋」キュンってなりながら読みました。更新楽しみにしています』  高校になると、夏休みの宿題というものがない。  それは聖女学園だけなのかもしれないが、ないからといって夏休み中遊びまくってしまうと後々自分が辛くなる、そうはなりなくない久留美は七月夏休み初日から二週間地元の夏期講習に通い、八月は遊ぶという予定をたてる。  八月は遊ぶという中に、ルリと約束をしたオリエンテーリング参加も含まれていた。  午前中に夏期講習、午後は家で復讐をするという日を数日繰り返したある日、図書館に出向くのが面倒でパソコンで調べ事をしていた時だった。  ふと、あのSNSにアクセスしてみようと思い、アクセスしてみると上記のようなコメントが作品についていた。  一年前、真似事のような小説もどきを必死に書いていたものの、ネットの世界よりリアルな世界の方で充実してしまい遠のいてしまっていた。  結果、書きかけの作品も未完のままで放置。  放置している間に誰かが読み、コメントを残してくれているなんて思いもしなかった。 「この葉さん……なんか似たようなハンネで親近感わくな~」  つい嬉しく思ったことが口から出ていたことに久留美は気づかない。  いつもならコメントを見て終わりにする彼女が、今回はそこで終わりにしなかったのも、何かの縁だったのかもしれないと、後々思うことになる。 『はじめまして、この葉さん。返事遅くなってごめんなさい。放置したままの作品読んでくれて、コメントまでくれて、嬉しいです』  貰ったコメントにそう返した。  返して終わりになることもある、だいたいがそう。  だけれどたまにそこから何かが始まることもある。  それを期待したわけじゃない、だけれど久留美は次の日もそのSNSにアクセスをした。 『木の実さん、返事ありがとう。返してくれるとは思っていなかったので、嬉しかったです』  出した返事に対しての返事がある、久留美はまたそれに返事を書く。  書いた翌日になると、また返事があって……それを何回か繰り返した頃、久留美が学校のオリエンテーリングに参加するので暫くネット断ちするね……と返した事から、ふたりの話題はリアルな話へと変わっていく。 『木の実さんて、現役学生なんですね』 『そーだよ。この葉さんは?』 『私は今留学中で、でも来年日本に戻る予定。どこの学校?』 『海外留学? 凄いね。私の学校はね、聖女学園ていうの、知っている?』 『聖女? 知っているよ。実は帰国したらそこに通う予定なの』  ◆◇◆◇◆ 「……っていう話をしたんだ。あの『桜の下で』を見つけたサイトで。凄い偶然だよね」 「そうだね。でも私は久留美ちゃんが小説書いていたことの方がびっくりだよ。なんで教えてくれなかったの?」 「だって、もどきだし。それに書くの途中で止めちゃったし。『桜の下で』を読んじゃうとさ、自分の作品の酷さ改めて感じちゃうんだよね」 「あの作品と比べちゃったらダメだよ。帆波さんは別格だもん」 「だね……」  暫しの帰省での出来事を久留美は息もつかせぬ勢いでしゃべりつくす。  それを聞きながら時折相槌うって、自分の感想入れて、女の子同士の会話に花が咲く。  昼間の疲れもなんのその、引率の先生が早く寝なさいと一回注意しにきたけれど、それを大人しく聞き入れる年頃でもない。  結局朝方近くまで会話が弾んでいた。 「でも、そのこの葉さんってどんな人かな。海外留学をしているくらいだもん、きっとお金持ちのお嬢様だよね。久留美ちゃんは自分の素性話したの?」 「聞かれてないから話していないよ。ただ、聖女学園に通っているってだけ。学年は言ったけど、クラスは言っていない。言ったとしても、本名教えてないし」 「あ、そっか。じゃあ転入してきても、誰がこの葉さんかわからないってことか」 「ううん、そうでもないかも。転入してきた時期が近かったら、それがこの葉さんだよ。でも来年のいつだろう」 「聞いてみたら? ここは携帯通じないけど、寮に戻れば平気だし」 「ん~、けど私。パケ放題じゃないんだ。お父さんがダメだって」 「やっぱり、実は私も。実家にいた頃は大丈夫だったんだけどね」  親の監視下から外れる喜びもあるけど、その分別の不自由さが付いてくる。  子供って損……でも夏休みが終わるとまた現実の生活で精一杯で、ネットの中での出来事はいつしか忘れ気にしなくなっていた。  聖女学園では体育祭と文化祭という高校ならではの行事がない代わりに、文科系の部活の発表会が秋にある。  どこにも所属していない生徒は発表会に参加している部活の半分以上の演目等を鑑賞しなくてはならない。  人気があるのはやはり演劇と吹奏楽、講堂は満員で一年生がそれを見るのは難しく、ふたりは美術や華道という馴染みの薄いものを選択するしかなかった。 「あ~、悔しい。来年は二年生、絶対どちらか見てやるんだ~」  悔しがる久留美を見てクスッと笑うルリ。 「私は来年も同じでいいよ。華道なんて初めて見たけど、結構気に入ったし」 「ルリって大人しいもんね。私が話しかけないと殆ど本読んでいるし」 「うん、本は好き。きっかけは帆波さんだけどね」 「そうそう、その帆波さん。本当に好きだよね……」  発表会が終わると期末テスト週間に突入、夏休みより短い冬休みを満喫するには、この期末テストを外すわけにはいかず、お嬢様とか庶民とか関係なく休み時間もおしゃべりが減り、教科書を開く者、記し損ねたノートを書き写す者などが目立っていた。  そんなある日の事、担任が見知らぬ女の子を連れ教室に入って来る。 季節外れの転入生との出会いが、久留美とルリと関わり三人の感情の糸が縺れあっていく。
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