#6

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「お疲れ様、夏帆。なかなか戻ってこないから心配になって」  翌日、毎年発表会が終わった次の日は自由登校になっている。  スタッフの中心となっている二年生は片付け終わらなかった続きをしなくてはならず、授業があっても出ることが困難な為の処置らしい。  夏帆も朝食後登校したまま夕刻近くになっても寮に戻ってはこない、その事を気にして久留美とルリが聖堂の様子を見に来たのだった。 「久留美、ルリ。心配してくれたの? ありがとう。今年は特別会場としてこの聖堂を使ったでしょう? 会場が増えたことでなかなか終わらなくて」  とはいえ、この聖堂に夏帆以外の姿が見当たらない。 「他の人は? 夏帆だけ?」 「う……ん。なんか、ちょっとしくじっちゃったみたいで、私」  今年の発表会は異例だった。  そのひとつに夏帆の父親の演奏会があった。  多分上級生や夏帆の家より権力のある父を持つお嬢様の方から嫌味でも言われたのだろう。  余計な仕事を増やしてくれたのは、あなたのせいよ……的な事を。 「そっか。手伝おうか?」  久留美の言葉に夏帆の表情が明るくなる。 「嬉しい。ピアノの運び出しは専門の業者さんがしてくれたんだけれど、この広さひとりで掃除は正直堪えていたの」  いずれ取り壊す予定の聖堂とはいえ、やはり最低限の手入れはしなくてはならない。  それがもともと修道院があったこの地に学園を建てた礼儀というもの。  ルリは入口付近を、夏帆は壁際を、そして久留美は祭壇付近を掃除はじめる。  無言で掃除をしはじめて暫く経った頃、久留美が声をかけた。 「ねえ、この聖堂に地下室があるの、知っている?」 「知っているよ、久留美ちゃん。入学式の時、学園長さんが言っていたじゃない。緊急避難場所だって」 「そう、それ。ねえ、入ってみない?」 「入るって、どこから入るか知っているの?」  ふたりの会話に夏帆が加わる。 「実は、この祭壇の下が入口になっているの」  聖女学園は本土から離れた島にある為、島の至る所に地下避難場所が設けられている。  寮の地下、学校の地下、そしてこの聖堂の地下が主な場所として生徒に伝えられているが、そうそう避難しなくてはならない事態に遭遇はしない。  寮と学校の地下は年に一度ある避難訓練でどういうものか実際に入って知っているが、ここの地下には取り壊し予定となっている為非常時以外の使用が認められていない。  敷かれている布をどかすとマンホールのような模様が板に描かれていて、恐らくそこが入口なのだろう。  久留美は考えられる要素を片っ端から試してみると、何かが当たったらしく人ひとり入れるくらいの入口の穴が開いた。 「へえ~、隠し入口みたいだね。面白そう。入ろうよ」  乗り気の夏帆が先陣切って下に降りていく。 「本当に入るの、久留美ちゃん」  躊躇するルリに久留美は無理して付き合わなくてもいいよと囁く。  うんと頷き一歩下がったものの、ひとりこの聖堂に残る心寂しさから、結局ふたりの後を追って降りてしまった。  薄暗い地下室、久留美は予め用意して持ってきていたライトを照らす。 「久留美、準備していたんだ」 「夏帆以外いなかったら、入ってみようかな~って狙っていたんだ」 「だったら最初から言ってくれたらよかったのに」 「最初に言ったら、警戒されちゃうかもしれないじゃん」  トンッと夏帆の肩を押すと、彼女は体制を崩す。  あとからついて来たルリの手にもライトがあり、彼女は部屋全体を照らせる何かを探し当て、スイッチを入れると、明るいには満たなくても手に持っているライトを消しても相手の顔がわかる。  久留美は手に持っていたライトを消し、代わりに紐を手に夏帆を縛った。 「ちょっ……ちょっと、どういうこと?」  ふたりの顔を見上げ顔を引きつらせる。 「こういうことよ」  言いながら久留美は『桜の下で』を見せた。  制服のポケットに入る文庫サイズの本を隠し持ってくるのは簡単なことだった。 「その本……なに? その本がなんだと言うの?」 「とぼけないでよ。夏帆が帆波なんでしょう?」 「作者探し? ルリじゃあるまいし。久留美までそういうタイプだったの?」 「別に。私は誰が作者でもいいの。正直に打ち明けてくれさえすれば。ねえ、夏帆が帆波なのよね?」  重い沈黙が続く。  誰より夏帆の答えを知りたかったのはルリかもしれない。 「そうよ。私よ……これで気が済んだでしょう? 縛るなんて冗談では済まない行為よ」  夏帆の告白、それを聞いて久留美はルリの方を見る。 「ね? 私の推測当たったでしょう?」 「うん……本当にやるの?」  夏帆を無視してふたりで会話をする状況に、半ばヒステリックに彼女が叫ぶ。 「無視しないで。ねぇ、解いて。ルリ、久留美!」 「まだ解かないわよ、夏帆。なぜ黙っていたの。面白かった? 憧れの人が目の前にいることに気づかず必死に情報集めしていたルリの姿が。『桜の下で』を読んでもどきを書き始めた私の無意味さが面白かった?」 「そんなことあるはずないじゃない。辛かったわよ。明かせない事が辛かったわよ!」 「じゃあ、なんでいい思いがないって言ったのよ」 「本当だもの、いい思いがなかったのは……」  夏帆は訴えるように語る。  なんとなく書き始めた作品が注目浴びてひとり歩きしていく。  妬みや冷やかしの嫌がらせもあったと言う。  もし帆波が椿山夏帆だと知れたら、家まで来られてしまうかもしれない。  どこかで待ち伏せされてしまうかもしれない。  日に日に悪い方へ悪い方へとしか考えられなくなり、一時は学校へも行けなくなったという。  書籍化の話は、日本を離れる事が決まった後に出た話で、素性を絶対に明かさないという約束で承諾をした。  一年海外で過ごしたものの、やはり日本が恋しくひとり帰国を決めた。  日本に戻ればまた嫌な思いするかもしれないけれど、一年経過していればみんな忘れてしまっていると思った。  けれど、一年経っても二年経っても好きで読み続けてくれている人がいる事は、素直に嬉しいと思ったからついルリに声をかけてしまったと話す。  夏帆には夏帆なりの事情があった、それはわかったけれど、それで久留美の感情が収まるものでもない。 「そうだとしても、私の気持ちは納得しない」 「どうして? どうして! 友達だと思っていたのに!!」 「都合のいい言葉よね、『友達』って……」  叫ぶ夏帆を残し久留美は地下から地上に出る階段を登っていく。 「ちょっと、待ってよ。冗談でしょう? 本気で私をここに残すつもりなの? ねえ、久留美」  久留美は答えない。  代わりにルリが答える。 「縄は解いてあげる。でも、明かりは消すね。ライトも持っていくね」  結び目だけを解くと、部屋を照らす明かりを消す。  一気に暗くなった部屋に小さな明かりが灯る。 「ルリ。ごめんね、ルリ。許して。あなたの好意を笑っていたわけじゃないの。友達だよね?」 「ごめんね、夏帆ちゃん。私、わからなくなっちゃった。友達ってなに?」  ルリの問いかけに夏帆は答えられない。 「やっぱり、夏帆ちゃんもわからないんだ。だったら友達って言えないよね」  小さな明かりが更に小さくなり消えると、上の方で何かが閉じられる音がした。  閉じ込められた、この暗闇の中に。  言葉にならない悲鳴が室内に響くが、その悲鳴が外に届くことはなかった。  ◆◇◆◇◆ 「椿山さんが見つかりましたよ。古い聖堂の地下にいました。錯乱しているようにも見えましたので、本土の病院に搬送しました。話せるようになったら事情を聞きますが……本当にかくれんぼをしていただけですか? 水島さん、小宮山さん」  夕食の時間を過ぎても戻って来ない夏帆を心配したふたりは寮長にその事を告げる。  発表会の片づけを手伝う為に古い聖堂に行き、片付けが終わった後、聖堂の中でかくれんぼをしていたら、どこを探しても夏帆がいなくて寮に戻ったものと思い戻ったものの、やっぱりいない、それで心配になったとふたりは寮長に説明をしていた。  夜、先生達が聖堂と聖堂周辺を探し、深夜近くに地下室で見つけたと情報が入り、ふたりは学園長室に呼ばれたのだった。 「はい、間違いありません。あの、夏帆……椿山さんは大丈夫なんですか?」 「素人目に、ケガをしているようには見えなかったと、見つけた先生が仰っていましたよ、水島さん。あなたたちは同室でとても仲が良かったそうですね。面会が出来るようになったら、特別に外出許可を出しますので、お見舞いに行って差し上げなさい」  しかしふたりの元にその連絡が入ることはなかった。
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