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六月のある日、久留美が何気なくネットサーフィンをしていた時の事だった。
登録無料の文字に惹かれてとあるサイトの中を覗くと、そこにはもうひとつの世界が存在していた。
リア友とのメールのやりとり、そのリア友がはじめたブログの閲覧くらいしかネット閲覧する楽しみがなかった久留美にとって、その世界はとても魅力的で自分もその中の一員になりたい。
無料なんだから、いいよね?
特に深く考えずそのサイトに登録をして、ハンネを『木の実』とした。
久留美が登録したそのサイトがソーシャル・ネットワーキング・サービス、SNSと呼ばれるネット上のコミュニケーションサービスを提供しているサイトだった。
けれど、登録したもののどうしていいのかがわからない。
知らない人のブログを見るのも、覗き見しているみたいでその一歩が踏み出せない。
そんな日が何日か続いたある日、久留美のプロフィールに足跡をつけてくれた人がいた。
はじめての足跡におそるおそる名前のリンクをクリックする。
訪れた先のプロフィール、久留美からみるととても華やかに目に映ったのだった。
それゆえ、とても遠い存在に感じて逃げるようにその場から立ち去る。
そこで何かリアクションを起こせば少しは違う方向に向かったかもしれない、あとでそう思ってももう逃げるように立ち去った後、後悔してもどうにもならなかった。
だけど、神様はそんな久留美に救いの手を差し伸べてくれる。
『はじめまして、足跡訪問ありがとう』
久留美の後を追うように、去った場所の主が久留美のプロフィールに足跡を付ける。
今度はメッセージ付で……
だけど久留美はそのメッセージにどう応えていいのかがわからない。
それだけ面識のある人としかネット内で交友してはいなかったということ。
これでは父親の言うように直接会って話していた方が楽しい、そんなことを少しずつ感じはじめていた。
それから暫くして、また久留美のプロフィールに足跡がつく。
このSNSにはいろいろな機能があり、ブログを書いたり画像の投稿や文章の投稿もできる。
文章の投稿、いわゆるWEB小説と言われている機能が結構盛んで、既にここから何冊か書籍化もされていた。
プロフにつけた足跡の主は久留美宛にメッセージを残している。
『よかったら読んでみてね』
足跡の主の書いたと思われる作品のアドレスが貼り付けられていた。
久留美はその貼り付けられていたアドレスから作品へと飛び、はじめてWEB小説というものを見たのだった。
「凄い、これみんなプロじゃないの?」
普段あまり本を読まない久留美だったけれど、歳が近い人たちが書いていると知ると興味が沸く。
貼り付けられていた作品からWEB小説のトップページへと行くと、書籍化された作品の告知やこれから書籍化される予備軍的作品の一覧が華やかに演出されている。
その中のひとつ、『桜の下で』という作品は圧倒的な支持を得ていた。
樹齢何百年という桜の木がある由緒正しい歴史ある女学院でひとりの生徒が先生と恋に落ちる。
だけれどその時代ではふたりの恋は実ることなく、来世に望みを託しそれぞれの道を歩む決意を決める。
それから幾年月が過ぎ平成という時代、時代が変わっても桜の木は同じ場所にあり、学院は建替えられ名前が変わり、今風の女子高に姿を変えていた。
その桜が満開になった時、偶然にも出会ってしまった生徒と教師。
時代を越えて恋の成就に翻弄されていく少女の話――
久留美は時間が経つのを忘れてその作品を読みきった。
凄い、凄い!
凄いって言葉以外思いつかないくらいの興奮。
これが同じ年代の人が書いたものなのだろうか……
作品というよりこの作品を書いた人にとても興味を持った。
「帆波……さん、か~」
作者の名前をクリックすると作者プロフィールが開く。
だけれどそこから先に進むことが出来なかった。
もっと知りたい、この人のこと。
どうやったらこの人みたいになれるの?
私にも出来るかな……
国語の成績は並の下、特別得意科目というわけではない、むしろ苦手と言ってもいい。
そんな自分に出来るだろうか……
だけれど出来るできないという以前に興味の方が先行していく。
気がつくと久留美は小説機能を使う為の登録を完了させていた。
ハンネの木の実のまま、『夢恋』という小説もどきを書き始めていた。
夢の中でしか会えない青年に恋をする少女の話。
いつか自分も帆波さんみたいな支持を得ることを夢見て――
◆◇◆◇◆
夏休みに入ると学生は自由な時間が増える。
久留美もそれは同じで、学校から出された宿題を夏休みの序盤で一気に片付けしてしまい、残りの夏休みの殆どを小説もどきの執筆にあてていた。
最初はもちろん無反応、しおりの数が片手で充分足りてしまえるくらい埋もれている作品だったけれど、夏休みの後半に差し掛かった頃には両手でも足りないくらいまでしおりの数が増えていた。
ランキング常連のしおりの数と比べたら恥ずかしい数だけれど、自分の書いた作品に興味を持ち読んでくれている人が日本のどこかにいる、そう思うと嬉しいのひと言。
文章というにはとても乏しいけれど、同年代であまり本を読まない久留美と同じような人には、小説という文章よりはブログや日記といったような自分語りの方が馴染みやすく、感情移入しやすいみたいだった。
久留美の書く『夢恋』は主人公の女の子の視点でひとり語りが多い。
一方的に夢の中でしか会えない青年に対する思いが綴られている。
それは現実の世界でも共感される部分も多く、片思いとか住む世界の違う人に思いを寄せるような内容の恋愛と似ているものがあり、少しずつそんな感想も貰えるようになっていた。
感想が貰える嬉しさ、褒められると更新への意欲が増す、読み手から書き手へと変わりかけた夏休み終盤、あの『桜の下で』を書いた作者が新作を書き始めた。
九月下旬、待望の書籍化決定! という特設ページ、その中に作者帆波のプロフと新作連載が入っていた。
新作は前作の雰囲気とは違い、女の子ふたりの親友が同じ人を好きになってしまい、友情と恋の間で揺れ動き葛藤していく、昼ドラっぽい感じのもの。 同じくらいの年代なのに、同じ作者がまったく違うような雰囲気の作品を書く、凄いと思う反面自分の作品があまりにも幼稚で情けない。
趣味だもん、はじめての作品だもんと言い聞かせても、羨ましいという妬み寄り側の感情はどうしても消えない。
じゃあ読まなければいい、でも続きが気になり更新されているかが気になり毎日確認してしまう。
そんな葛藤の中、夏休みが終わり久留美の執筆更新もペースダウン、生活の中心が学校に変わり妬みにも似た感情が薄れかけた頃、書店にWEB小説書籍化最新作というコーナーに『桜の下で』が平積みで発売された。
作者と同年代の人が読み、持ち歩きしやすいことを考慮した文庫サイズのこの本は短期間で重版され、もちろん久留美も最初にネットでみつけた時と同じ感覚が本を買い、カバンの中に入れて持ち歩く。
ところが発売からひと月ほど経った頃、帆波の連載更新が止まり、冬休みになっても再開されることもなく、いつしか久留美の中でも『帆波』の書く新しい作品の更新が気にならなくなっていた。
気にならなくなったというよりは、気にしていられるようなゆとりがなくなったと言った方が近い。
高校は『聖女学園』を希望、久留美の成績ならば特に問題はないと進路担当の先生から太鼓判を押されているとはいえ、入学が決まっているわけではない。
最低限の筆記試験と面接でも気を抜けば落とされてしまう。
親も『聖女学園』に娘が入学となれば、近所付き合いもさらによくなる。
自分の子供がどの学校に通っているかで優越感が変わってくるからだ。
親の期待も加わり、久留美はかつてないくらいの緊張を維持しながら試験に挑んだのは二月の上旬、そして結果発表はそれから一週間後、初雪が舞った日だった。
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