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──次の日・午後。
「ぅぅ……」
「もふもふ……ふふん……もふもふだぜ……」
俺はアゼルの執務室へやってきて、ふかふかの座椅子に座るアゼルの膝の上に、向かい合うように座っていた。
訳がわからないと思うが、幻なんかじゃないぞ。これは現実だ。
アゼルは俺の胸元に顔を埋め、非常に満足そうな堪能している。
尻尾があればブンブンと振っていただろう。そのくらいご機嫌だ。
燃え尽きそうな程真っ赤な俺は、ライゼンさんの目が痛くて今すぐに逃げたい。
休憩時間なのと、一時間で効果が切れるので、なんとか許してもらったのである。
「ふぁ……天国だ……んん〜……」
「ううぅぅ……」
ご機嫌麗しい本日の魔王様。
アゼルが嬉しいと俺も嬉しい。
だがこの状況は、嬉しくない。
俺の頭の上にはピクピク震える犬耳がつんと立っていて、尻あたりからはふさふさの犬尻尾が生えている。
この状況。
ちっとも嬉しくない。
──いや……昨日、なんでも言うことを聞くと言ったら、こうなったんだ……!
決して俺が変態というわけじゃないぞ。
本当だ。信じてほしい。
呼び出されて早々鼻歌交じりで差し出されたのが、魔族の子どもが遊びで使う仮装用のなんちゃって獣人化薬。
それを飲まされ、なんちゃって獣人になっている現在の俺。
人間の耳もあるので、獣耳からはなにも聞こえない。
神経は通っているが中身はないのだ。
一時間で消滅する、本当になんちゃってな薬らしい。副作用もなし。
更に首には、真っ赤な首輪をつけられている。上等な革の首輪。
もう端的にペットである。
んん……かわいげのない俺を飼ってもつまらないと思うんだが。
「もふもふ天国だ。俺の天国」
「ぅっ……ぅ……っ」
アゼルはふんふんと機嫌良く鼻歌を歌いながら飼い犬状態の俺を抱きしめ、独り占めを堪能していた。
これはまさか、アレか……?
や、やっぱり駄犬扱いしたことを、怒っているのか……?
あんまりな羞恥プレイに、俺はこれがお仕置である可能性を考えた。
実際のところ、アゼルはあの時のことを全く気にしていない。
むしろ「シャルの犬か、悪くねぇな」と強引な俺を堪能していたのだが、そんなことは知る由もない俺だ。
真実を知らない俺は、これは罰なのだなと納得してこの羞恥プレイを甘んじて耐えるしかない。
(ぐっ、あぁぁ、ライゼンさんが悟りを開いた顔で淡々と書類のチェックをしている……! 違うんだ、俺の性癖ではないんだ……!)
というか、アゼルは蝉ドン事件のときはあんなに恥ずかしがっていたくせに、わんわんは見られてもいいのか?
やはり昨日の一件で、豆腐メンタルがゴリゴリと鍛えられている。
開き直った変態さんはすこぶる強い。
「クックックッ。なんでも言うことを聞く権ってのは、いいもんだぜ。んん〜!」
「ぅ、アゼル、擽ったい……わ、わん……」
「あぁ〜っ! いいじゃねぇか、ありだな、ありだ。ふっふっふ。今日は俺の犬だからなぁ、シャル」
「わん」
うん……まぁ、そう言うことだ。俺はこの犬化中、アゼルの飼い犬なのである。
俺としてはすりすりと俺を抱きしめて有頂天な今のアゼルのほうが、よっぽど犬っぽいと思う。
だがそれは秘密だ。
俺はわんわんと鳴き、羞恥プレイを受けなければならない。
いい大人の俺がこんなかわいくもない、うぅ、恥ずかしいぞ……。
現代なら通報待ったなしだ。変質者として捕まえられるレベルの視界の暴力。
ゲテモノモンスター誕生じゃないか?
首まで赤くなりつつ、よしよしと背中をなでられる得も知れない感覚にも耐える。
そんな俺をむぎゅむぎゅしながら、アゼルが上機嫌に呟く。
「シャルかわいい、かわいすぎる……!」
「んん……」
呟かれたアゼルの言葉に、俺の尻尾が嬉しげにパタパタと揺れた。
それに気づかず浮かれ放題のアゼルは、いつもはボソボソブツブツと密かになにやら呟いている言葉たちを、俺に聞こえる程の声で更に続ける。
「んっ、世界一かわいい、誰よりもかわいい、俺の嫁。見合いなんか死んでもしねぇよ、フフン」
パタパタパタパタ。
「……俺はかわいくない、わん」
「異論は認めねぇ、かわいい。最高だ、お前はいつでもかわいくってたまんねぇ」
パタパタパタパタ。
「……クゥン」
──早く、早く一時間が過ぎてほしい!
いつもと逆に、俺が真っ赤なままガチガチに固まって黙り込んでしまった。
嬉しい、くそう、嬉しいぞ……犬耳の力凄い、うぅ、照れるけれど嬉しい……!
呪いの力で、密かに抱いたコンプレックスを爆発させた俺。
公開羞恥プレイによって、恥ずかしがり屋がマシになったアゼル。
この二日間は、俺たち夫夫にとって、なんだか新鮮な二日間だった。
あとで……この薬、少し分けて貰えるだろうか……。
今後現れるかもしれないかわいい恋敵に負けないために、獣人化薬をひっそり確保しようと心に決めた俺だった。
二皿目 完食
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