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俺の中に、狙いがタロー様である可能性は浮かんでいた。タロー様を連れ戻そうという、そういう目的である可能性だ。
それが自国の民を迎え入れるものであれば、問題なかった。
精霊族は排他的な代わりに、同じ種族の者は大切にする。
だけどジファー様の様子は、そうは見えない。助けてとも、戻るとも、タロー様はなにも言わない。言えない。
俺の後ろで震えたまま、俯いている。
「副官、わかるだろう? それは魔族じゃない。俺は精霊族の高官。抵抗せずに渡してくれ。お前たちは傷つけずに元の世界へ返すと誓おう。両国の盟約にも、誓っていい。空軍長補佐官、理性的に考えろ? 国にとってどちらがいい選択だ?」
「……っ、事情はわかりませんが……正しいことは、わかります。貴方の言うことは、正しい。正解だと思う」
「そうだ。賢いじゃないか」
彼の提案を受け、俺は空軍の二番手として、思ったとおりに答えた。
こういうということは、精霊族は魔族の敵ではない。同盟国としての立場は変わっていないのだろう。
だとすれば、魔王様たちの状況もわからない今、俺が彼に反目することは許されない行為だ。
「貴方の望みは……タロー様、だけですね?」
「…………」
そっと広げていた翼を体を抱くように収め、俺はタロー様を背に乗せた。
彼女は抵抗しない。
パペットを抱きしめた手ではないほうで、俺の肩に手を添える。
この人をこのまま彼の元へ運び渡せば、俺は愛する魔王城に戻れる。
なんら変化のない日々を、送れるのだ。
「あぁ。俺はただ、それを返してほしい。俺の任務は、それを連れ帰ることなんだ。でないと俺は、王に気づいてもらえない」
溜息を吐くジファー様は視線こそ俺の後ろに時折向けるが、それは逃げ出さないか確認しているだけで、瞳は冷たいまま。
タロー様に意思確認なんてせず、まるでただの無機質な人形を見るようで、俺の胸のざわつきが激しくなった。
ゴクリと唾を飲む。
俺の脳裏に浮かぶのは、旅立つ前に俺を世話係に任命した時の、魔王様の顔だ。
心臓の音が大きくなり、耳の奥から木霊した。時が止まったように感じる。
『──いいか、キャット。俺たちがいない間、お前はタローの世話係二号だ。だからと言って、特別なことは求めちゃいない。いつも通りの不遜で必死なままでイイ。ただ……傷一つつけるなよ?』
あぁ──魔王様。
俺の王。そしてタロー様の父の一人。
この魔王城の皆様が大好きな俺は、もちろん魔王様もよくよく見ている。
あの人は能力が、外側が最強だから、人に頼らない。
その強固な外側を柔らかく崩し、むき出しの心に〝おいで〟なんて笑いかけられるのは、シャル様だけ。
シャル様がいなければ、笑うこともできないんですよね。
それだけ大事にしているから、シャル様だけを見ている、ように見える人。
シャル様への愛情が大きすぎて、多くの人は気づいていないのだろう。
俺も、ある日突然『お前、空軍長補佐官をやれ』だなんて直々に命じられて、初めて気づいたこと。
ずっと、タロー様を守る世話係に選ばれたことも……幹部であることも、不思議だった。
魔王様には、たくさんの不思議がある。
俺は、貴族出身で魔力が多いだけで、気も強くなければすぐに迷い、悩む、弱い男。
そんな俺を、どうして貴方の大切な家族の一番そばに置いたのですか?
ふらりと消えて帰ってきた貴方が、突然直々に選んだ幹部。
元々の幹部にも劣らず、クセの強いように見える彼らが、どうしてみんなあんなに強く、輝いて見えるのか、不思議でならなかったんです。
何人にも興味がないのではなかったのですか? 誰も近寄らせないお方では? 冷たく、暗く、静寂の月。手の届かない月。
そんな貴方は、魔王であることに嫌気が指していたでしょう?
なのに──捨てようとは、思わなかったのですか?
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